シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
ああ、本当の嵐の中で起こる、嵐の師弟愛。
暴風に流されず、軽やかな高い跳躍を見せた…怒りの白いふさふさネコは、煌の頬をパンチして更に回し蹴りまで食らわした。
素早いネコに圧倒され、逃げの体勢に入る我が護衛。
いつもの勇ましさは、"緋狭さん"前には無力化される。
ゲームでは緋狭さんの偽者に果敢に立ち向かった姿を思えば、こうした姿をさらすのは、やはりこのネコが"緋狭さん"だと感じる部分があるのだろう。
煌の反応から見れば、間違いなくこのネコは緋狭さんだ。
しかし――。
「緋狭姉、首に巻き付いて、締め上げるな…緋狭姉!!」
気品ある見事なふさふさを風に揺らし、弟子に愛を与える緋狭さんの新たな肉体に、はっきりと見えたのは…三本の爪痕。
その部分だけ、見事にはげ上がっている。
………。
凄く……残念だ。
折角、ふさふさの美猫なのに。
緋狭さんは、なにをしてこんな"ハゲ"を作ってしまったのだろう。
ふさふさ……。
どうしても、芹霞の気を引くために毛皮を身につけた久遠を思い出させる。
玲がリスになれたのなら、久遠も猫に…という可能性もあるはずなのに、今この猫の中身は久遠ではなく緋狭さんだとは。
予想外で…何とも複雑な心境だが、無事な緋狭さんの声を聞けたことに胸を撫で下ろす。
煌もそれは同じだろう。
迫り来る災害の中、垣間見た日常の一光景。
それを見れたことにほっとしながらも、安穏と安堵していられない現実問題に、はっと我に返った。
そんな時間はないんだ。
「緋狭さん。まさかこの先、ずっとネコの姿でいるわけではないですよね?」
煌の首元に巻き付き、煌の顔色が土色寸前まで容赦なく締め上げていたネコは、助け船たる俺の問いにぴたりと動きを止めて力を緩めると、その場で口もとを吊り上げて俺に笑いかける。
「無論。この世界での私は肉体から離れた…言わば幽体の身。動くことが敵わぬゆえに、万が一の時のために動けるための"乗り物"を、事前に用意していただけのこと」
緋狭さんは黙って囚われたわけではない。
やはり、思惑がある。
「なんでそのニャンコなんだよ、緋狭姉」
首の締め上げがなくなったせいか、顔色がよくなってきた煌が、首をさすりながら聞く。
何度も思うが、緋狭さんの"愛情"に、煌はよく無事なものだ。
「契約だ」
緋狭さんは言った。
「契約? 誰と」
煌の問いに、緋狭さんは俺を見て、にやりとした笑いを作ったように思えた。
そして言った。
忘れてはならない、懐かしくも忌々しい…、
「久遠」
緋狭さんと結びつけるには意外な人物の名を。