シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「久遠…? なんだそれ」
「簡単に言えば、約束の地(カナン)にて私の肉体を護って貰う代わりに、久遠の願いを聞いた。つまりはギブアンドテイク。さすがはシロが見こんだ男だけあり、初めての試みなのにさっさとやりのけた」
俺は目を細めて、久遠を彷彿させるネコを見る。
「久遠の願いってなんですか?」
「約束の地(カナン)以外の地を、我が妹と共に歩くこと」
――さっさと家に帰れよ、せり!!!
俺の腕がびくりと揺れ、煌は押し黙る。
芹霞に対して拒絶ばかりしていた久遠の切望は、俺達からしてみたらささやかすぎる日常。
例えネコの姿でも、芹霞といたかったのか。
そこまで、あいつは魔方陣に囚われていたのか。
認めたくないけれど…あいつの心が切なくて。
芹霞を求める心が、俺の心に共鳴して、やるせなくなる。
「緋狭姉、それがなんでニャンコよ? それにそんな契約、久遠といつしてたんだ? だって俺達が緋狭姉を約束の地(カナン)に運んできた時にはもう、緋狭姉の意識はなかったんだぞ!? 久遠だってそんな様子は……」
「……長くなるゆえ省略」
「なんだよ、それ!! チビリスの鉄の胡桃の出所並みに、すげえ気になるじゃんか!!」
………。
ああ、レイはいつも煌の頭の上にいたから、鉄の胡桃を取り出している処は見ていなかったのか。
……まあ、知らない方がいい場合もあるから、俺からは黙っておこう。
そんなことを思っていた中、緋狭さんは、謎めいた笑いを浮かべて、赤い瞳を細めていた。
「この体には私と久遠の意識が融合している。このネコを通した表世界の情報は、久遠の意識を通して私に流れている。その逆も然り。言葉を話せるのは"心"ひとつで変化出来るこの裏世界のみ。表世界では語れぬ分、ある程度なら私の力が使える」
「緋狭姉の力を持つ、ニャンコって……化けネコじゃないか!!」
「どいつもこいつも、護ってやっているのに化け物扱いをして…まあ、久遠がネコの体に慣れずにいたのと、芹霞以外にやる気がなかったのが一因でもあるが……」
表世界での久遠のネコ。
なんだか想像に容易い。
「今も久遠の意識はあるんですか?」
「まあな。あるが、表に出て来たがらない。意地でも坊と口を聞きたくないらしい」
………。
「まあ、気位高い超美形のあの久遠が、畜生姿で櫂に悪態つきたくねえよな。そんな大胆不敵な非常識人間は、緋狭姉ぐらい……あ、玲も…イテテ!! 緋狭姉、脛に爪立てるな!!」
あれは痛そうだ。
研ぎ澄まされた爪が、ぐさりと煌の脛を突き刺した。
「私と久遠は、同時に意識の表層には出てこれぬ。どちらかが表にいる時は、どちらかは裏に回る。だから今は、久遠はこのネコの力となれるはずなのだが、どうもお前達を護ろうとはせぬ」
………。
――何!!
「だから今の私は、ただのネコだ。私の力をアテにするな」
そうネコは笑うけれど。
俺は、その笑いの影に隠されたなにかがあるように思えた。