シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
芹霞さんはわかったのだろう。
七瀬紫茉は、"私達のため"に、周涅を見捨てるだろうと。
私達の大事な者達を傷つけてきたその報いをとるべきだと。
自らの正義に基づいて、それが正当のものだと自らの心を殺すだろう。
それは朱貴とは違った形なれど、本質は変わらない。
誰かのために、自分の心を捧げようとしている。
それは献身といえるのか。
櫂様や玲様、煌の想いを知りつつも、芹霞さんへの想いを消せずにいた私にとって、どうしても自らの心を封印することが最善の美徳とは思えない。
封印することでの心の歪みが他に現れて自らの動きを縛ることになるのなら、もっと違う道を模索すべきだ。
だから私は、向き合おうとしている。
櫂様達が戻ってきた時、どんなに辛い場面が待ち受けようとも。
強くなるために。
私達を追い詰めた周涅。
非情の"漆黒の鬼雷"と呼ばれた私が、周涅を殺すことに躊躇する心があるのは、私自身…変わりつつあるからなのかも知れない。
だがそれはあくまで私個人の考え。
私は――朱貴のように、全てを捧げる覚悟が出来ていないだけの、弱者の戯言を言い訳にしているのかもしれない。
他は。
私以外の皆なら、どうするだろう。
櫂様は、玲様は、煌は――
どう言うのだろう。
「紫茉ちゃんの本心は? 殺したいほど、お兄さんが嫌い?」
七瀬紫茉の目に、ぶわりと涙が浮かぶ。
「だけど、周涅は……」
「はっきり言って、あたしは周涅が嫌い。大っ嫌い。紫茉ちゃんも傷つけ、あたしの大切な人達も、笑って殺そうとする人のことなんか」
しかし芹霞さんは、笑ったんだ。
「だけどね…きっと。櫂も煌も玲くんもみんな……殺せとは言わないと思うんだ。周涅とは違って、人の命は…自分の都合でどうこうできるちっぽけなものとは考えないから」
ああ、そうだ。
櫂様達なら、殺せとは言わない。
櫂様は、周涅のような輩とは根本が違う。
「あたしの大切な人達は、"赦せる"人達なの。そりゃあ無条件で赦したりはしないだろうけどね、なんたって受けた傷以上のもので返すことに心弾ます、容赦ない…不敵な奴らだからね。ね、桜ちゃん」
突然話を振られた私は少し戸惑ったが、頷いた。
「ええ。相手を殺すことで全てチャラにするような、そんな甘い人達ではありません。むしろ、死んだ方がよかったと思わせるほど、徹底的に償わせるでしょうね」
簡単に死ぬことを赦さずに、生きることを残酷までに強いる…多分、それが彼らのやり方。
死んで終わりにはさせない。
そう、死というものを、周涅のように容易には扱わない。
「……死ぬ方がいいって…、いつもどんなことやってんだよ、紫堂や師匠達……」
ぼそっと由香さんのぼやきが聞こえた。