シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
久遠にとっての世界は、芹霞しかいない。
その他諸々は、完全眼中外。
多くの人間達を虜にし、"あの域"にまで達しているらしい…"約束の地(カナン)"に君臨する、やる気のない王様は、唯一やる気を見せるのは…芹霞に関係したことのみ。
それでもその久遠は、"約束の地(カナン)"を巻き込んだ俺達を守ろうとしてくれた。
久遠を毛嫌いしている櫂とて、久遠を助けたいと公言させるほど、久遠から漏れた心情の一端は、俺達の心に響いた。
"芹霞のために"
ブレないその一途さがわかるからこそ、犠牲を強いられ過ごしてきた久遠が、芹霞のためなら自分を滅ぼそうとした久涅を拒まないこともわかる気がしたんだ。
恋心を貫くために、それ以外の私情を一切封じて、自分の心を追い込んでもよしとする久遠。
それを見て、芹霞の馬鹿だけは、絶対理解不可能と頭抱えると思うけれど。
青白い仮面が俺達を見つめている。
こいつが今、思うことはなんなのか。
「…久涅が、久遠や緋狭さんに協力するメリットは?」
櫂の声がやけに響き渡る。
「俺達に"貸し"を作ることで、狙っているものはなんだ?」
ああ、そうだ。
久涅は櫂を殺そうとしてたんだ。
それが櫂を生存させようとするのは矛盾だ。
だとしたら、やっぱそこに魂胆があるとしか思えねえ。
緋狭姉がそれに気づいていねえわけもねえだろうな。
それでも手を結ばずにいられなかったのは、それだけに事態が深刻になると見込んだせいなんだろうけれど。
久涅が、自分の本心なんて、簡単に口にするわけねえ。
そう思っていたけれど。
「芹霞」
ごく自然に、黄色い外套男が言ったんだ。
間違いなく、俺達の想い人の名を。
「あの娘が欲しい」
それは間違いなく、久涅の声だった。
場が静まったのは、その声音ゆえか、口にした単語ゆえか。
「ふざけるなッッ!!」
静けさの均衡を破ったのは櫂だった。
今にも久涅にくってかかりそうな勢いの櫂を、俺は緋狭姉の目に促されて、後ろから羽交い締めにして櫂を取り押さえる。
「誰が芹霞をやるものか!! ましてや俺の命と引き替えになど!!」
それは依然変わらぬ櫂の意思。
「ならば――」
外套男…久涅は、一歩足を前に踏み出す。
表情が見えないだけ、仮面の顔は不気味で。
「この世界ごと、消えろ」
久涅は、俺達の安全領域に踏み込んでいく。