シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「元よりあの小娘にとって、お前は玲以下。お前が死んでもあの娘は悲しむまい。それならその犬を殺した方が、余程…涙を流して悲しむだろうな。
まあ、あの娘の今の男は玲だ。あいつを殺せば、俺のものになる」
櫂の顔が、痛みと苦しみに歪む。
それを見て、久涅から笑い声が聞こえてくる。
「お前のように、他者の力を借りてしぶとく"生き返らぬ"よう、完全に息の根を止めてやる」
「久涅!!」
「櫂、落ち着け!!」
激高する櫂を押さえながら、久涅の物言いに、ふと思った。
櫂に向けての憎悪は真実かも知れねえが、久涅は櫂を本当に殺す気があるのか、と。
横須賀と"約束の地(カナン)"。
どちらも緋狭姉や氷皇の協力で、櫂は生きて居る。
ほとんど、綱渡りのような危険な状態を切り抜けて。
久涅は、櫂の生存を知った時、驚いた様子があったろうか。
容赦なくやることはきっちりやっているけれど、"死なない"確信があったようにも思える。
つまりそこが、緋狭姉達の暗躍を確信しているからで。
だとすれば、その時すでに緋狭姉と久涅が手を結んでいるとしたら、櫂が死んだように見せたかったのは…騙したかったのは、誰に対してなのだろう。
なんのために、そんなことをする必要があっただろう?
久涅に対する警戒心を、ほんのちょっぴり解いた時だった。
「全て奪われたくないのなら、俺に命乞いでもしてみせるか、櫂。"助けてください、兄上"とでも頭を下げれば、少なくともこの場だけは助けてやる」
ぶちっ。
「あるいは、あの小娘を俺に差し出すか。生きたいのなら、好きな方を選べ」
切れたのは、俺の方。
「櫂を馬鹿にすんじゃねえ!!!
協力者などいらねえ、俺が櫂を守り抜く!!」
大ぶりの偃月刀片手に、久涅の喉元に刃先を向けた時、
「馬鹿犬!!」
俺の頭に、重いネコキックが飛んで来た。
まるで瞬間移動のようだった。
「坊を止めろと合図したのに、お前が簡単に久涅の挑発に乗るでないわ!!」
「だけど緋狭姉……」
ネコの小さい足の蹴りで、俺の脳天ぐらぐらだ。
「坊もだ。何の為に裏世界にきたのだ!!」
櫂は押し黙って、静かに俯いた。
「それに妹は誰のものでもないわ!! 姉の許しなく、妹を取り合い勝手なことをほざくな。クロもだ!!」
クロ。
黒皇という呼称を、緋狭姉は初めて使った。
否定しない仮面男は、黙ったまま。
そして――。
「申し訳ありません、紅皇」
頭を垂らして謝罪したのは櫂。