シンデレラに玻璃の星冠をⅢ


「だから前に言ったろう、クロ。坊を侮るなと」


豪快な笑い声を響かせたのは、白い美ネコ。


「今は私情を挟む余裕はない」


びしっと言い切ったその声音の口調には、誰もが抗えぬ強さがあった。

久涅すら、動きを止めてしまう程の。



「黄色い蝶は、異世界からの使者」



緋狭姉は久涅を見上げて言った。


「目で見える世界に真実の"歪み"が見える時、継ぎ目を食い破ってやってくる。羅侯(ラゴウ)の使者として」


なんだか暗号みたいなことを言った緋狭姉は、およそその凜然とした空気には似つかわしくない、かわいい猫なで声にて、ニャアと付け加えて鳴いた。


「歪みを正すには、黄色い蝶の出現を許してはならない。黄色い蝶がその世界に蔓延すれば最後。均衡を保っていた世界の継ぎ目は大きく開き、そこから別世界の力がなだれ込んでくる」


そして促された場所。

しかし俺の目には特別ななにかは見えねえ。


だけど、俺の偃月刀を鏡のようにして映せば見えた。


「黄色い蝶の大群!?」


緋狭姉は久涅の足下に寄って、見上げた。


「黒皇。五皇の履行を」


その言葉に、再度舌打ちした久涅はその場で飛び跳ね――

黄色い外套を翻して、緋狭姉が促した方向に消えた。

今までがなんだと思う程、あっけなく。


「元からそのつもりなら、いちゃもんつけずにさっさといけばよかったのに」


思わずぼやけば、櫂が苛立たしげに髪を掻上げていた。

櫂からの感想はない。

ただ乱れた呼吸だけが聞こえてくる。


櫂もぎりぎりのところで、私情を押さえ込んでいたんだ。


櫂を殺す側にいながら、櫂を助ける役目を…どんな思いで久涅は受けたのだろう。

ドSな緋狭姉のこと、久涅の私怨以上の揺さぶりと脅しをかけて、手駒にしたのだろう。

その点では気の毒だが、今までの経緯を知る俺としちゃあ久涅は許せるものではねえ。


久涅は櫂を恨みながら、それでも櫂を助けるためにここに来た。

だが緋狭姉目の前に、櫂を助ける一歩の踏みだしを、躊躇していたのは事実。


久涅なりにも、私情と役目との狭間に揺れていたのかもしれねえ。

不安定がゆえの均衡は、俺達との一定の距離をあけていたことにも繋がる。


攻撃するでもなく、助けるでもなく。

どこまでも他人の距離感を保ちながら、櫂と一番近い場所にいる…そんな体勢。


櫂を嘲笑う、今までのような頑な態度に転じて優勢を試みたものの、櫂によってそれは崩された。

いつものように、櫂が感情的にならなかったがために。
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