シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「明晰夢におけば…自分という意識が極端に強まる。どんな痛みを生じる行為も、夢だという主観が強い故に、痛みを感じなくなる。どんなに斬り付けられようと、地面に叩き付けられようと、自分は寝ていることが判っているから、それはありえないと五感が作用しない。
夢の自覚度が低ければ、痛覚が生じる。目にした"行為"から、自分がその場で想像する範囲で"記憶の再現"をするんだ。
例えば夢で、指をナイフで切られたら。ナイフで切られたら痛いだろうという主観が強く働き、実際どんな痛みだろうという、想像内での記憶の再現が起きる。数ある痛みの種類の中から、自らが痛みを状況に合わせて選ぶ。
所詮は想像。痛みの程度は実際よりもたかがしれているし、反応も鈍いだろう。その違和感で、これは夢だと自覚出来る奴がいるらしいがな」
「ふうん…?」
「明晰夢においては、どんな死に目に遭っても、決して死ぬことはないし、どんなに残虐に体が削ぎ落とされようと、実際はありえないという防御本能が正常に働くから、何度でも失った部分は再生される。
そんな惨い夢を見ていたら、夢を制御する力がなければ、BAD ENDのショックで本人が起きない限り、その悪夢は延々と流れ続け…無限回廊的に続くだろうがな。さすがに俺は、そこまでの悪循環な夢は見たことがないけれど」
そう苦笑した時、翠が真面目な顔をして俺に聞いてくる。
「紫堂櫂って…悪夢はあまり見ないの?」
「悪夢? ああ…悪夢より酷い現実を体感して来れば、何が悪夢か判らなくなるものだ。悪夢を見ても、悪夢だと認識出来なくなっているな、今では…」
俺にとっての悪夢は――
――芹霞ちゃあああん!!!
――芹霞ああああああ!!!
芹霞を失う現実だ。
今も、昔も。
俺は無理矢理笑いを作って、話を続ける。
「明晰夢において、これは夢だ、本当の自分は寝ているという主観を持てるということは、逆に夢を自分の力で制御することが可能だ。
夢だから死なない、夢だから傷つかない、夢だから何でも出来る…それは無敵な自分中心の世界だ。そして夢は潜在能力の宝庫。それを、自らの意志で引き出せる空間にもなりえる」
「じゃあさ…自分の夢だけではなく、他人の夢にまで"夢だ"と判って潜り込める紫茉は、結構凄い奴?」
「ああ…かなり凄い奴だと思うぞ? 彼女は自らの意志で夢を操れるし、その実体を見れる数少ない奴だ。現実世界では彼女は力は持たないかもしれないが、夢は彼女の独壇場となりえる」
「……俺も…そういうの、欲しいな。これなら負けないぞっていう…」
翠の瞳には、力が宿り始めている。
力の渇望。
それは、必ずプラスになるはずだから。