シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「玲様。少し紫堂を見回りに…」
そう私が立上がるのと、玲様をすっと目を細くするのと、バタンと大きくドアが開かれるのが同時だった。
「玲様、当主がお呼びです」
入ってきたのは女給仕。
新人なのか見慣れぬ顔の若い女だが、初めての対面の割には妙に落ち着き払った態度が気になった。
そして尚もこの新人の気配すら感じられなかった私は、玲様同様…やはり目を細めてその女を走査した。
給仕…か、本当に?
いかにこの家で玲様が冷遇されているとは言えど、
「ねえ…紫堂は、礼儀というものを教えなくなったの?」
次期当主である玲様に対する失礼ではないか?
そこに切り込んだのは玲様で。
「例え相手が僕じゃなくても、ノックするのが基本。ましてや此処は櫂の部屋。給仕如きが、みだりにドアを開け閉め出来る場所ではない!!!」
"えげつなさ"とはまた違う、荒く強い口調に誰もが震え上がった。
それは櫂様にも繋がる王者の威圧で。
女給仕は青ざめた顔をして、謝罪の言葉を述べて出て行った。
元来玲様は、そうした"権威"を振り翳す方でもなければ、ここまで…しかも"ノック"のような、些細な礼儀作法に拘る方ではない。
元々玲様自身の礼節は既に自然と備わっており、その物腰は…彼の意識無くとも、常に優雅で気品に満ちているが、だからといってそれを他人に強要するような、小うるさい方ではないのだ。
もしそうであれば――
がさつで粗野な煌などは格好の標的だ。
そして私だって、失礼の無いように心懸けてはいるが、何を言われてもおかしくない身の上で。
今、玲様がこうした態度に出られているのは――
玲様自身が侮られることで、前次期当主であられた櫂様の影を払拭したくはないからなんだろう。
自分の矜持よりも、櫂様を案じられている。
櫂様が次期当主であった時、給仕達の態度はまるで違った。
恐れるように怯えるように…櫂様の目が向いただけでも震え上がっていた。
然ればこその、礼儀。
それは宮仕えする者としては、当然なるものだけれど、紫堂の給仕達の取る態度は、恐怖心からの自己保身に他ならず。
お優しく、忍耐強い玲様相手では…そうした本能的保身は働かないのだろう。