シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「どういうことだ?」
思い返すは"約束の地(カナン)"。
各務の屋敷に連れられた生存者は、血の痕跡を残したまま忽然と姿を消した。
まるでそれと同じ状況が、結界で守られている紫堂で起きている。
多くの者が悲鳴なきまま、一斉に消えた事実。
その者達に危険が訪れたような痕跡。
ああ…腐臭で頭がくらくらしてくる。
この異常に駆け付けてこない警護団も、その棟もまた同様の状況なのだろうか。あの横柄な執事長の姿もない。
この状態の中で僕を呼びに来た、見知らぬ女給仕。
助けを求めるでもなくただ淡々と。
あの女は――此の場を創り上げた"異質さ"の仲間かもしれない。
あの女の気配は、当主の強い気に邪魔されて僕は追尾できない。
当主は――
何故動かない?
明らかなこの異常事態を、当主なら感じ取れるはずなのに。
動く気配がなく。
この気配は本当に当主のものかどうかも疑わしくなる。
だとすれば、当主の離れに行くのは…罠かも知れない。
桜や芹霞が居る櫂の部屋に、戻った方がいいのかも知れない。
単体で動くのは危険な気がする。
僕は本能的にそう思った。
そうして、踵(きびす)を返して戻ろうとした時。
「何処へ行く、玲」
その低い声に、僕の動きはぴたりと止まる。
ああ、何てことだ。
その可能性に何で気づかなかったんだろう。
「久涅――…」
僕は、親愛なる従弟の顔を持つ、あくどい男を睨み付けた。
「お前か。この屋敷に忍んだ気配を、無効化していたのは」
漆黒の男。
最初に出会った時よりも、余裕がないように思えるのはきっと気のせい。
この男は、いとも簡単に櫂の居る地を爆ぜた。
駄目だ。
ヘリで抑えていた僕の怒りが止まらない。
この男が何者であろうと、櫂を殺そうとする奴は、櫂の死を笑う奴は、絶対に許せないんだ。