シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
気づけば僕は、間合いを詰めて攻め込んでいた。
前傾姿勢になって繰り出した拳は、久涅の腕に弾かれる。
この異常な紫堂の中で。
異質さが蔓延(はびこ)る中で。
僕は私怨の為だけに、久涅と交戦する。
久涅は何も言わない。
久涅は攻めてこない。
僕の攻撃をただ受け流すのみ。
以前対戦した時のように、己の絶対的な力を見せつけようとした傲慢な態度ではないことが、逆に僕には屈辱だった。
僕には相手にすらならないと蔑んでいるのだろうか。
蔑む感情すら見せる価値がないと思っているのだろうか。
無効化出来る力があるとしても。
五皇の地位まで上り詰めたとしても。
せめて一矢報いたい僕は、紫堂玲という1人の人間として、彼が許せなかった。
「玲」
横から突き出した僕の肘を片手の掌で受け止め、久涅が言った。
「次期当主を捨てろ」
そして僕の腹に膝を入れる。
「お前には――無理だ」
――!!!
全身の血が怒りで逆流しそうになる。
僕は怒りのままに叫ぶ。
「そこまで紫堂の権威が欲しいか!! こんな…家の権威が!!! だったら…"親父殿"に頼めばいいだろ? 駄々捏ねて…僕から取り上げればいいだろう!!?」
僕は密やかに思っていたんだ。
「親父殿はお前の肩書きは剥奪しない。"道具"には必要だからだ。ならば、お前が捨てるしかない」
僕は次期当主としての、有能な動きはまるでしていない。
全ては当主や久涅の命令の下、操り人形として動くだけで、おかしな研究の実験台にされていたのが主な仕事だったようなもので。
"氷の次期当主"という完全お飾り。
そこには僕の意思などまるでない。
何故僕に、次期当主などという肩書きを与えたのか。
何故僕から、肩書きを取り上げようとしないのか。
僕が、芹霞を守りつつやがて櫂に移譲する為に肩書きに固執し、そして"道具"となることを受入れながらも、結婚話には抵抗を見せているのなら。
何も時間制限つけて芹霞への愛の獲得などというチャンスを与えなくとも、その場で肩書きを剥奪すると脅してみてもよかったはずで。
しかし当主の口からは蔑む言葉が出ても、一切、肩書き剥奪についての言葉は出てこなかった。
久涅も次期当主を強請(ねだ)ることはなかった。
僕は、それに対して不思議には思っていたんだ。
僕に…次期当主の権威を与える意味合いを。