シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
何処が慈愛深い?
何処が賞賛される?
僕の心は、彼に共鳴している。
彼の心にある巨大な"狂気"に。
それは確かに、歪な笑みに連動するものだろうけれど、僕にはまだ何か…隠されているように思ったんだ。
そぐわない。
何か違う。
初対面のはずなのに、そして間近で顔を見合わせているというのに、僕は…皇城雄黄という男を推し量れず、そしてその輪郭を掴むことすら出来ずにいた。
そしてそんな未知なる男を、僕はどうしても弾きたくて仕方がなかった。
彼の潜在能力の高さ故?
違う。
この…拒絶反応は、"エディター"に対する嫌悪感と似ている。
僕にとっては、近づいてはならぬ危険人物に思えた。
弟とはまるで違う。
――俺が尊敬する慈愛深い兄上が、変わってしまったんだ。
ぞっとするような笑みに…どこに慈愛を感じられるというのか。
僕には…非情としか思えない。
ああ…まさか。
既に紫堂に…皇城雄黄が待機していたなんて。
どうしてその気配を感じ取れなかった!!?
――絶望に喘ぐがいい。
久涅が無効化していたのは、雄黄だったのか!!?
「儀式が滞りなく済むよう、我は全力を注ごう。
何も案ずるではない。
玲殿はただ…本能に任せればいいだけ。
"儀式"さえ終われば、紫堂も安泰」
男の吐き出す言葉が、僕の肌を…ざらつくような舌で舐め上げているような、そんな不快感を感じさせた。
視界の端には、元老院より賜ったという伝家の宝刀。
黒い鞘のついた短刀が飾られており、その横には九曜紋の蛇の置物がある。
恐らく櫂が見たというものだろう。
元老院に頭が上がらぬ当主は、何故宝刀と怪しげな置物を同列に飾っているのか、その心は見えぬけれど。
見方によっては、宝刀が守るモノは蛇の置物のようにも思えて。
紫堂の宝刀を当主とするならば、蛇の置物は…雄黄か。
僕の視界の中で、2人が2つの飾り物と重なっていく。
宝刀は…蛇を鎮護するものへと意味合いを変えて。
「なあ…玲殿?」
ああ、彼は蛇だ。
そして僕は、さしずめ…蛇に射竦められた蛙か。
抗する言葉よりも――
過呼吸のような乱れた息と、尋常ではない大量の汗だけしか出てこなくて。
だけど、僕は…流されたくない。
これだけは譲れない。
僕は、芹霞以外を抱きたくない。
芹霞以外の肌に触れたくない。
例え1回であろうと、例え儀式であろうと、例え紫堂がどうであろうと。
僕は、今までのように諦めて流されるわけにはいかない。