シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
私は――
ただ逃げてきただけ。
芹霞さん達のように、思考よりまず先に身体を動かせなかった。
身体を自然に動かせるだけの、本能のような"感情"が足りなすぎた。
動く気配を見せたのは、久涅に対する憤りの時だけ。
身近な者達のSOSに、私の"心"に同期していない身体は、反応を示さなかった。
ああこれでは――
煌を愚鈍だと罵ることも出来ないじゃないか。
自分の不甲斐なさに悔悟していた時、芹霞さんが笑った。
「桜ちゃんがいてくれて良かった。あたしと由香ちゃんとクオンだけなら、紫堂くんの部屋から当主の部屋まで無事に行きつかなかっただろうし、行けたとしても…玲くん背負ってあそこから逃げ切れなかった気がする。流石にクオンは無理だろうし、例え…紅皇サンが助けにきてくれてもさ」
何だか…心が痛んだ。
「しかし私は…」
猫ですら玲様を守るために戦っていたのに、私に出来たのは…逃げることだけで。
「私は次期当主をお守りする立場であるのに…。何よりお慕いする玲様なのに…一歩間違えば玲様は…。私は逃げるしか…」
項垂れた私の肩に、芹霞さんはポンと手を置いた。
「桜ちゃん、結果オーライ。
退路もまた必要。桜ちゃんは玲くん守ったじゃない。玲くんを生きてここまで連れて来れたじゃない。
今は前を向いて、心新たに…酷いことになっている玲くんを守っていこう? 優しい玲くんは…少し目を離せば、すぐ自分の命犠牲にして、皆を守ろうと無理しちゃうから。
それ、玲くんの悪いクセなんだよな。玲くんが死んで誰が喜ぶと思っているんだろう? 桜ちゃん、協力して玲くんを守ろうね!!! あたし桜ちゃんが居て、すごく心強いよ」
そうガッツポーズをして笑った芹霞さんの笑顔が眩しくて。
胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。
芹霞さんの笑顔を向けられるだけのことを出来なかったという悔しさと、玲様や櫂様に対する罪悪感も入り混じり…私は真正面からその顔を見ることができなかった。
「とはいってもさ、そういうあたしこそ…桜ちゃんや玲くんに守られてばかりで…。けど、心では絶対、あんな紫堂当主や小猿くんや紫茉ちゃんの兄貴達なんかに負けないからね!!! だから一緒に頑張ろうね、桜ちゃん!!!
はい、"これからもよろしくね"の握手」
私の手を無理やり握り、ぶんぶんと上下に振って…芹霞さんは破顔した。
柔らかな手の平から伝わる優しい温もりと…その笑顔が、私の胸を焦がして。
きゅう…と、胸の奥が切なく疼いた気がした。