シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
玲様を"約束の地(カナン)"から追い出したのは久遠。
久遠の…尋常ならざらぬ…切実とした説得は、"死"を予感するものでもあった。
いや、実際…久遠も死を覚悟していたのだろう。
それ程の危険が訪れると感じていたのだ。
賭け、だったはずだ。
だからこそ、その中に芹霞さんを置いておきたくない。
そして芹霞さんを愛すればこそ、その心を持つ者同士は共鳴出来る。
玲様は、久遠の覚悟を感じ取ったんだろう。
久遠の影には櫂様がいる。
だからこそ、久遠に従い離れた。
きっと誰より、あの場を離れたくなかったのは…玲様のはずなんだ。
「玲様。まずは…お風呂に浸かって、リラックスして下さい。上がられたら…色々、お話したいことがあります」
「……風呂、なんて…」
瞳を芹霞さんに戻し、尚もするすると頬をなで続ける。
その動きは止ることがなく。
さらりと…頬に零れ落ちる鳶色の髪が、哀しげな瞳を隠していく。
顔だけではない。
存在すら…夜の闇に消えてしまいそうに儚く思えて。
私は、玲様の腕をとった。
とって安心する。
ちゃんと…存在しているということに。
「暖まってきて下さい。そして決意を新たに、今後のことも相談致しましょう」
――桜。玲を支えろ。あいつを闇から守れ。
櫂様は…最後の最後まで、玲様を案じられていた。
――俺が行く、その時まで。
玲様は…疲れ切っていた。
あまりにも憔悴しきっていた。
「玲様…。
私を信じて下さい」
壊れる寸前の硝子のような心。
それを守れるのは…
"信頼"だと思うから。
玲様は、私の顔をじっと見ると…
こくりと頷いて浴室に行った。
戻りの遅い玲様を心配して浴室に行けば、シャワーに混じって、玲様の忍び泣く声とタイルに何かを叩き付ける音が聞こえてきた。
密やかに…秘めやかに…。
私は…見ないフリをすることにして、
芹霞さんの部屋で待つことにした。