シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
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「桜。部屋を変える。話はつけてきた」


部屋に戻るや否や、玲様は早口でそう言うと、寝ている芹霞さんを両腕に抱えた。

玲様に理由を尋ねるよりも早く、紫堂における…執事長のバッチをつけた初老の男が慌てたようにドアを開け、大股で入ってくる。


「玲様!! 勝手に困ります!!」


何事かと私が問い質すよりも先に、玲様が言った。


「…ねえ…ノックも出来ないの?」


湯で上気した顔をしているのに、ぞくりとする程冷たい目を向けた玲様。


「それに…僕が部屋を変えることに、異論があるのは何故?」


それは"えげつない"玲様に近い。


「僕の言うことが従えないというの? 

たかが、空き部屋に移るくらいで」


玲様は普段柔和で優しげな顔をされているけれど、敵とみなしたものについての表情は、突如温度をなくして氷のように冷たくなることがある。


攻撃的な表情になれば、静かに威圧感が増してくる。


こういう時、玲様は櫂様に似ていると思う。

血の濃さは、ただの従兄弟に留まらないのだろうか。


「ねえ…お前が認めたくなくても、僕は"次期当主"として、お前を切り捨てることが出来る。


それが嫌なら――…


――失せろ」


空気が…更に鋭く凍り付いた。


男は一瞬怯んだ表情を見せると、とってつけたようにわざとらしく頭を下げて、出て行った。


「玲様…?」

「桜、お前…部屋を少し出たね?」

「え?」


私が…浴室に行ったのが判られてしまったのか。


言い淀む私の前で、玲様は依然芹霞さんを抱いたまま、ドアの近くの花瓶を足で壁に叩き付けた。



…花瓶?

そんなもの、この場所にあったか?


音を立てて、割れる花瓶。

散らばるように落下する花々。


追うように、瓶の破片が降り落ちる。


不思議に…水の形跡はなく。


代わりに――


「これは…?」


床に転がり落ちたのは、小さな物体。


小指の爪ほどの何かの機械。


それを玲様は足で踏み潰した。
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