シンデレラに玻璃の星冠をⅢ


紫堂本家にある櫂様の自室は、2階の角部屋にある。

マンションで暮らすようになった櫂様は、本家に立ち寄る際には自室に赴かれず、まるでその存在すら忘れているかのように、用が終わればすぐ帰られる。


紫堂本家において、櫂様にも玲様にも…振り返りたくなるような思い出深い場所というものはないのかもしれない。


盗聴器に塗(まみ)れている玲様の部屋。


しかし櫂様の部屋には、そんなことはないだろう。

櫂様の部屋を守る…強力な守護者(ガーディアン)がいるから。

そしてその者は玲様が唯一心を許された者であり、だからこそ櫂様は"彼女"に一切の管理を任せられたと聞く。

そして今、玲様の数少ない味方の1人であり、密かに内情を玲様に流しているはずだけれど…表立った接触はないはずだ。

離れに棟を置く…警護団の団長にしか過ぎぬ私が、紫堂本家の母屋に出入りすることは、要請があった時以外にはなく、よって母屋の内情は然程詳しくないけれど…

"彼女"の噂なら昔から耳に入っていたし、その姿を何度か目にした事はあり、櫂様を通じて軽い会話をしたこともある。


"彼女"は紫堂では異色で特殊。


他の誰より無口で控え目なれど――

あらゆる意味で目立つ者。


まるで私のようだと…過去、そう軽口を叩いたのは、副団長だったろうか。当然、私は相手にしなかったが。


初めて踏み入れる、櫂様の私室(プライベートルーム)は、予想通り…シンプルなモノトーンの色調で。

9歳までこの部屋を使用していたはずだが…その頃から、ここまで無彩色のものを好まれていたのだろうか。

「"彼女"の仕事は完璧だね。何も仕掛けられてない。だからこそ本家に戻った僕は、"彼女"とこの部屋で内密話が可能だったんだけれどね」


そう満足そうに玲様は言って、黒いシーツを被せたベッドの上に、芹霞さんを大事そうに寝かせた。


櫂様の温もりも匂いもない、闇色のベッドで…芹霞さんはどんな夢を見るのだろうか。


――玲くんが好きです。


それは…芹霞さんの本心なんだろうか。

本当に玲様を愛されたんだろうか。


人というものは、簡単に愛する人や…その思い出を忘れてしまえるものなのだろうか。

芹霞さんを見つめる玲様は、愛しさ宿したものだけれど…その表情は物憂げで、恋の勝者としての自信はなく。


消え入りそうに…儚い表情だった。


玲様は何の決心をしたのだろう。

聞きたいけれど聞けない。


私に出来るのは、信じることだけ。

信頼という絆に頼るだけだと…そう思った。
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