シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
――――――――――――――――――――――――――――……


赤い赤い…紅紫色の瞳。

真っ直ぐにあたしを見つめていて。



「ニャア」


ポカリ、と顔面猫パンチ。

爪と肉球が鼻に直撃。


「ぐはっ!!!」


あたしは鼻を押さえて飛び起きた。


息苦しくて仕方が無い。

呼吸が乱れる。


胸の上には白いふさふさ猫。

思い切り心臓の位置に居座っていて。


「お前か、悪夢の正体はッッ!!!」


ぺちんと叩こうとしたら、かわされた。


「ニャア」


笑われた。


悪夢…。

確かに悪夢だ。


ぞくりとする。


体感したばかりのような悪臭がまだ鼻についている。


ぐつぐつ煮え立つ鍋に何が入っていたのか。

目を抉られ、口を裂かれた犬達。

握り潰された黄色い蝶。


「犬と…蝶…」


そのキーワードが現実に妙にマッチするのは、こうした一連の現実への恐れが現われた夢だからなのか。


だけど…思うんだ。

あれは…夢だと安堵していいものなのか、と。


ただ偶発的に見た夢とは説明つかない、何かの"蟠(わだかま)り"が胸にはある。


だったら本当のこと?

だったら何で忘れていたの?


もしあの悪夢が本当のことならば。

あそこまで震え上がった記憶が、何で忘れていられたのか。


夢?

現実?


あたしの何処かで声がする。

昔のあたしが叫んでいる。


"思い出せ"


と。


久遠との記憶も、すっかり忘れていたあたし。

忘れてはいけないけれど、忘却している記憶は…まだあるんじゃないか。

不確かな記憶はないと断言出来ないあたしは、不安ばかりが胸を過(よ)ぎる。


――夢には…させないッッ!!!


目覚める直前の、イチルの顔が忘れられない。


もしあの夢が、過去の記憶の一片だったというのなら、


――ちゃあああん!!


あの子は誰?

あたしが守りたかった、大好きだったあの子は誰?


何で思い出せないの?

何で今一緒に居ないの?


黒い髪、黒い瞳。


あれは――…


どくん。


心臓が波打った。


ただの動悸ともまた違う…臓器が断続的な悲鳴を上げているような、重苦しい不快さに顔を歪めれば、


「ニャアアアン」


クオンが首に巻き付いて、尻尾であたしの頬をするすると撫でた。


まるで、落ち着けと励ましてくれているよう。


クオンの温もりが、不意にあの夢の男の子の温もりと重なって、何だか切なくなってきたけれど、クオンの…生きていることが判るその温もりに、安心出来た。


猫とはいえ、首元に感じる…どくどくとした心臓の音が、あたしの鼓動と同調すれば、心が不思議と安らいでくるんだ。


「ありがとうね、クオン。

癒されるね、お前…」


ふさふさの毛並みに指を入れて撫でたら、クオンは気持ちよさそうな目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らした。

< 604 / 1,366 >

この作品をシェア

pagetop