シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
その時、部屋に漂ったいい匂いに、腹の虫が反応した。
「ご飯のいい匂いがする~」
その発生源は、百合絵さんの足元に置かれた大きな炊飯器ではなく、壁際に置かれた小さい炊飯器からで。
………。
「あの小さい炊飯器は…」
土鍋圧力IH炊飯ジャー!!?
あの炊飯器は、玲くんが欲しがっていた奴ではなかったか。
プレゼントしようとしたら高すぎて、"高級しゃもじ"にしたあたし。
何でこんなものが保健室に…。
『翠くん専用』
炊飯器の横に見えた貼り紙。
………。
その小猿くんは此処にはいないはず、だとしたら?
「あれはこっそり師匠用」
由香ちゃんがからから笑った。
「此処にはお米もあったんだ。普通米の他に、幻の…高級米も」
由香ちゃんに指差された先には、残り僅かな1kgの米袋がある。
その銘柄はあたしも知っている。
庶民には縁遠い価格の、ぼったくりとしか思えないお米。
別称、セレブ米。
その米袋に、ペンで書かれている。
『翠くん専用』
………。
此処で、高級炊飯器で高級米の出来たてを食べていたのか、小猿くん。
最高級のりは判るが、子供人気の『お猿さんのふりかけ』全種類も揃っている理由は…自虐的なギャグ、ではないだろう。
「高級米使い切ると絶対朱貴に怒られる。だから、大きな炊飯器で炊いた普通米のおにぎりを、ボク達の朝ご飯にして…」
「坊ちゃまだけに、あそこの炊飯器で炊いた高級米のおにぎりを。ぷふ~」
画策する…玲坊ちゃま大好きメイドと師匠大好きの弟子。
玲くんは幸せ者だ。
勿論あたしは大賛成。
稽古で疲れている玲くんに、最高においしいものを食べさせてあげたい。
稽古…。
「そうだ、紫茉ちゃんもお稽古しているのなら…」
すると由香ちゃんは八の字眉で首を横に振った。
「七瀬にあげた場合、絶対朱貴が気づくと思うんだ。それに封が切られた高級米は残りが少なくて、師匠分のおにぎりくらいしか失敬出来ないし。予備はあったけれど…封切ってないのあけるのは、さすがにばれるだろ?」
「え、だけど紫茉ちゃん…「神崎は師匠の"彼女サン"なんだから、師匠だけに高級米のおにぎり作ってあげるよな? お米が1人分しかなかったら、勿論師匠を優先するよな?」
"カノジョサン"
ぽっ…。
「別に七瀬の分ご飯がないわけじゃないんだし、七瀬のはボク達と同じなんだし。神崎は"彼氏サン"、好きだろ? "彼女サン"なら特別な愛を込めないとな? それでこそ"彼女サン"だものな?」
………。
「うん…こっちのご飯は玲くんだけにする…」
もじもじして頷いてしまったあたしは、にやりと笑う由香ちゃんには気づかない。
「"七瀬も"じゃないの知ったら、師匠喜ぶぞ~。氷皇のSに耐え頑張ろうとしてる師匠に、ささやかながら弟子からのプレゼント。むふふふ~」
勿論、その後に続く呟きにも。