シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
体育館のドアは開かれていた。
そこには――
「前傾姿勢を保ち続けろッッ!! それなら反撃(カウンター)を誘うだけだッッ!!」
「はいッッ!!」
咥え煙草をした朱貴と、上半身裸の玲くんが戦っていた。
あたしに判るのは、瞬間的に静止したように見える時の、2人の姿だけで。
それ以外は、まるで早送りしたような猛速度で、彼らは動いていた。
「連携技(コンビネーション)をパターン化するな!! もっと柔軟に行けッッ!!」
「はいッッ!!!」
「速度に頼るなッッ!! 攻撃を受けたらダメージを食らう前に、衝撃を外に逃がして、即座に反撃しろッッ!!」
「はいッッ!!!」
「呼吸が乱れ過ぎだッッ!!! 全身に"気"を巡らせて、ふらつくなッッ!!」
「はいッッ!!」
………。
「由香ちゃん…見える?」
「いいや、全然…。声だけだよ」
あたしもそうだ。
早すぎて目が追いつかない。
「坊ちゃま…こんな短期間で…よく…」
百合絵さんだけは玲くんの動きが見えるらしく、肉に埋もれたあんなに小さい目なのに、大きく見開いたあたしの目より視力がいいらしい。
稽古なんかしなくても、玲くんはとても強いんだ。
煌だって桜ちゃんだって一目置く上司様で。
素人のあたしでも判る、舞うような優雅な闘い方はうっとりもので、電光石火の動きは驚異的なもので、実際何度命を救って貰ったか判らない。
玲くんは…いつも余裕で敵を叩きのめすか、或いは自らの命を犠牲にしようとするかの、両極端の闘い方しかあたしは見ていないけれど、ここまで必死にならないといけない程、ここまで紅皇サンに怒声を浴びねばならぬ程、玲くんは弱くはないことだけははっきりと言える。
それを甘んじて享受している玲くんは、今何を考えているんだろう。
あたしが寝ていた間に、どんな心境の変化があったんだろう。
強くなりたいと、確かに玲くんは言っていたけれど…、正直こうした現実的な"鍛錬"の場を目にすれば、あたしは玲くんからの"決意"の全てを感じ取っていなかったことに気づく。
玲くんを甘く見ていたんだ、あたしは。
"彼女サン"失格だ。