シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
――坊の"立場"を確立せよ。
緋狭さんの言葉が蘇ってくる。
――坊しかできぬことがある。
薄れかけていた記憶が戻るのは、まるで明け方に見た夢の内容を思い出しているような気分だ。
あの時――
心の奥底、無意識領域界の底辺にて、芹霞に忘れ去られて慟哭し続けていた俺に、突如現われた緋狭さんは言った。
――坊、聞け。坊!!!!
そして――
――ああ、時間がないのだ!!!
――また手をかけることを…許せ!!!
俺は…隻腕の緋狭さんに、"力尽く"で正気に返らせられた。
緋狭さんによって仰向けに転がった俺は、起上がる気力がなく、…涙で濡れた顔を見せたくなくて、手で隠しながら…まだ溢れる哀しみに、必死に耐えていた。
此処が何処かとか、なんで緋狭さんが居るのかとか。
そこまで頭が回らないほど、俺はの心は一途に芹霞を求め続けていて。
俺の手首に巻かれた布に唇を押しあてて、漏れる嗚咽を消していたんだ。
完全に子供の姿だった。
――坊。生きていれば、チャンスはある。
そう言いながら近付いてきた緋狭さんは、
――坊…。お前は…生きている。
片手で俺を抱きしめた。
――すまなかった…。
その震えた声が――
俺の凍えた心に…灯火をつけた。
緋狭さんの謝罪の言葉は、今殴ったことに対してではない。
――よくぞ耐えてくれた。
意味する処が、俺には判ったんだ。
最後に…緋狭さんと会ったのは、横須賀港。
そこで、俺は――。
――よくぞ、生還してくれた、坊…。
決死の覚悟で、"切り札"を決行した俺を思い出した。
変化への切り札であったはずなのに、何の効果が出ないまま…今の俺は泣き崩れていて。
あの時は、一度間違えれば全て終わってしまうという、崖っぷちの境遇の中、それでも僅かなチャンスを…起死回生を狙っていたはずだったのに。
そこまでの覚悟をしていたはずだった。
それが今は――?
絶望に打ちひしがれているだけ。
諦めて泣いているだけ。
――芹霞ちゃあああん!!
そうした現実を気づかせられたのと同時に、俺の全てを見知る緋狭さんの、変わらない慈愛を確認して、俺の心は震えたんだ。
安心と喜悦と…切なさと。
緋狭さんの謝罪に対し、俺は言葉が出てこなくて、ただただ頭を左右に振り続けた。