シンデレラに玻璃の星冠をⅢ

先に退室した男。

残された僕達は、エレベータを降りてロビーの窓口に向かう。

そして手渡された書類にサインを終えると、受講開始日を聞かれて…とりあえず明日からということで、今日はまず見学させて欲しいと申し出た。

氷皇からの指示は、塾でテストを受けることであり、その結果別校舎で勉強しろとまでは言われていないし、こんな時に勉強などするつもりはない。

芹霞と由香ちゃんに関しては、どうでもいいというように扱われ、受講代金の振込用紙だけは丁寧な説明を受けた。


「入金確認してからの受講になります」


その金額はかなり高額で、僕は再度提示された振り込み金額を見た。

僕が免罪符を"買った"金額に比べれば微々たるモノだけれど…一般的な私大の入学金は軽く超えている。

だとすれば、特待生だとかいう特別授業の金額は、更に膨れあがるんだろうか。


芹霞と由香ちゃんの分は、僕が押しきって入塾テストを受けさせたから、氷皇の指示外のことだと却下出来たとしても、僕の"特待生"はその指示に従った結果。


"無駄なお金を支払いたくないからキャンセルして下さい"…が通用するんだろうか。


「特待生の方は料金は免除となります」


僕の不安を事務員の女性はものの見事に払拭してくれた。

良い大学に入れる環境を無料で提供して、それだけの見返りがあるのか疑問だけれど…とにかくよかった。


そしてとりあえずは、特待生としての手続きを終えて芹霞達の処に戻った時、芹霞は声を潜めて携帯で話していた。

「七瀬かららしいよ?」


横に居る由香ちゃんが、八の字眉で僕に言う。

何で由香ちゃん困っている?


「何かトラブル?」


難しい顔をする芹霞の肩を、つんつんと指でつついた。


「ねえ…神崎家、燃えたよね? だから今まで紫堂本家にお邪魔してたんだし」


僕達の記憶では、神崎家における…地下の鍛錬場にて、緋狭さんが襦袢姿で現われ、背中の刻印を見せた後…火をつけて燃やした。

あの業火では、原型を留めていないはずで。


「ちゃんとあるんだって、神崎家。しかも小猿くんにやられた処の…忌々しい青い補修も全てなくなって、綺麗な…オンボロ我が家があるみたい」


僕は目を細めた。

神崎家は燃えていなかった?


………。

ふと思ったんだ。

芹霞が神崎家を大事にしているのなら、緋狭さんもそうであろうと。

8年前の惨劇が起きた家を建て直しも引っ越しもせず、ずっと現存させた理由は、思い出が詰まった愛着ある家だから、壊したくなかったのではないだろうか。

そして地下の鍛錬場は緋狭さんの領域。

燃え盛ったと偽装することも可能じゃないか?


緋狭さんの心は…いつでも何1つ変わっていないのだと、僕は信じたい。

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