シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
含んだ笑いが凄く気になるけれど、その真意についてはのらりくらりと躱されてしまった。
「しかしワンワンはんも、奈落とは違う…人が作った地獄を生き抜いてきたはずや」
俺の体はびくりと反応する。
BR002。
俺が紫堂の研究所において、制裁者(アリス)として実験されていたことを言っているんだろう。
幸いにも俺には…その片鱗しか思い出すことはねえ。
陽斗のように、1秒1秒を刻銘に記憶しているわけではねえんだ。
だけど、体が記憶している。
だからこそ、櫂に初めて会った時…憎悪が湧いたんだ。
どんなことをされたのか、言えと言われたら…大まかなことは言える。
今となっては完全他人事のように。
だけど言いたくねえんだ。
今でも自分を責め続ける櫂の前で、何て言えるって?
唯一…言える優しい実験は薬漬くらい。
後は意識あるまま体を切られ、骨を折られ、皮膚を剥がされた。
高電圧を流され、耐電実験をされた。
水槽に沈められ、耐水実験を、火に炙られ、耐火実験を。
………。
言えねえよ、櫂には。
救いは、俺に感情がなかったこと。
だから憎悪はあっても恐怖心はあまりねえ。
映画を見ていたような気分なんだ。
恐怖があったら、とうに発狂して…俺は此処にはいまい。
それが制裁者(アリス)。
その中を生き抜いて、戦いに出されて、より強き者だけが残るよう淘汰されていく。
その世界を地獄だというのなら。
救ってくれたのは緋狭姉。
俺を生かせたのは櫂。
俺は芹霞と親を殺した代償を、体で支払っただけだ。
安い安い前払い。
そんな俺が、地獄を経験したなんていうのは烏滸(おこ)がましい。
地獄なら…櫂の方が経験しているはずだ。
目の前で…芹霞の心臓を抉られたあの時。
櫂にとってあれ以上の恐怖はないだろう。
それを植え付けたのは俺。
俺なんだ…。
「あのことがあったから、今の俺が居る。
そういう点では紫堂に感謝」
にかっと笑って、悲痛な翳りを落して俯いている…櫂の肩を叩く。
気にするなと。
何度も何度も、叩く。
櫂は徐(おもむ)ろに顔を上げ、哀しみに満ちた顔で静かに笑った。
それでも俺は叩き続ける。
お前と会えてよかったと。
俺を傍に置いてくれてありがとうと。
俺の方こそ謝らないといけねえんだと。
謝ってすむ問題ではねえけれど…。
そして――
「どうもしんみりとした空気は性に合わねえや。やめだ、やめ!!!」
俺は陽気に笑った。
笑うことで共に歩めるのなら、
俺は何度も何度も笑っていよう