シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
僕は片手で芹霞を胸に抱き、もう片手で鉤爪を装着した手を捻り上げる。
「玲くん…。玲くん…だッッッ!!!」
こんな時だというのに、ぼろぼろと泣いて縋る芹霞が可愛くて。
「ごめんね、遅くなって。大丈夫。もう大丈夫だから…」
「よかった、玲くん…うあああん」
僕は芹霞の頭上に唇を落すと、
「危ないから、由香ちゃんの処に居てね」
そして片手で傍に居た由香ちゃんに引き渡し、暴れる…捻り上げたその手を両手で掴み、その懐にくるりと潜り込んで背負い投げをする。
しかし壁に激突する間際、脚で壁を蹴り上げた陽斗は、無理な体勢のまま宙で回転すると、そのまま僕目がけて鉤爪を振り下ろしてきた。
「由香ちゃん、芹霞を頼む」
鋭利な武器である鉤爪は、油断すれば風の爪痕の餌食となる。
芹霞達を巻き込むことは出来ない。
入口からソファのある広いスペースに移動した僕は、瞬く間にソファに3本の爪痕がつくのを目にする。
荒れ果てた壁。
傷だらけの床には――
「!!!」
僕が硝子越しから見ていた、学生達の屍は消え失せていたんだ。
S.S.Aの…あのライブ会場の如く。
その謎を追う余裕は僕にはなかった。
呼吸する暇さえ与えないほどの陽斗の攻撃は敏捷性に満ち、目を離せば…芹霞に向かおうとしているのが判るから。
陽斗のちらちらとした視線は、芹霞の…あの薔薇の痣に向けられている。
そう言えば――
煌が、黄色い外套を着て…血色の薔薇の痣をつけた少女の首を刎ねていたと、桜は言ってなかっただろうか。
煌の原型たる陽斗。
意味があるのだろうか。
「………っ」
まるで肉体の一部のような素早さを見せる鉤爪の威力は、櫂と煌からの話を聞いていたばかりで、過去…僕は戦った事はなかった。
陽斗の速さは驚異的だと…煌が悔しがっていたっけ。
だけど僕だって、速さには負けたくない。
それが自信の1つになるようにと、朱貴にだって速さも鍛えられたんだ。
縦横無尽に走る鉤爪。
筋力を使いながら、どんな無理な体勢になろうと避ける僕。
避けるだけでは駄目だ。
陽斗…の姿態を持つこの男から、戦意を削ぎ落とさないと。
正体を確認もしないで、出来れば…攻撃に転じたくはなかったけれど。
そうは言ってられない。
鉤爪がぐんと伸びた瞬間、背後に回った僕が…、外気功で…動きの要となる脊髄を砕こうとした時――
「玲くん、駄目!!!」
芹霞の声に、僕の手は止まり――
「ぎゃははははは!!!」
その瞬間、陽斗はひらりと身を翻して…外に出てしまった。