シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「君の一大事に…思い出したのは…誰?」
僕には不安があった。
陽斗を思い出したというのなら、連なる記憶を持つ櫂も思いだしたのではないかと。
だから櫂に電話をかけていたのではないかと。
「答えられない…?」
返事がないことに苛立って、思わず患部に歯をたててしまう。
小さい悲鳴にわざとらしい謝罪の言葉を述べて、歯形を舌でなぞれば…芹霞は身をよじる。
判っている。
ただの嫉妬だ。
芹霞に怪我をさせてしまった僕は、自分のことを棚上げして…芹霞の心の中に恐れを抱く。
鳴らなかった僕の携帯。
僕を擦抜けた視線。
どんなに…心が苦しかったか。
「玲くんだよ…?」
その言葉を素直に受け取れないまでに、僕の心はささくれ立っていて。
「……。鳴らなかったよ、僕の携帯は」
知らず声が低くなってしまったのは、哀れみをかけられて嘘をつかれたのかと、沈んだ心持ちになったから。
「鳴らしていたつもりだったの。短縮「0」を押していたつもりだったの、あたしは」
その声に、その視線には…偽りの様子はなく。
「ずっとずっと玲くんを呼んでいたの、本当に」
ほろりと流れるその涙に。
「ありがとう、玲くん来てくれて」
僕は…狭量すぎる自分を恥じた。
「0だと思っていた番号は…「8」で…そして現われたの、陽斗が。陽斗…何であたしを殺そうとしたのかなあ。陽斗…」
僕は唇で、芹霞の涙を舐め取る。
「その件は後で考えよう。君は僕の…番号、押そうとしてくれたんだね…」
僕を頼ったのが、芹霞の"必然"だったのだとすれば。
不謹慎にも…それが僕には嬉しくてたまらなかった。
至極単純。
まるで動物思考。
僕は…芹霞の頬に、自分の頬を擦り寄せた。
心が…愛しさにきゅうと音をたて、思わず…喘ぐような声が漏れた。
「うん…。玲くんに…助けてって…。玲くんのことしか…思い出せなかった」
ああ…
何て嬉しいことばかり言ってくれるんだろう。
僕の今までの不安が、君のひと言で払拭されていく。
僕を…求めてくれたの?
櫂じゃなくて…
煌じゃなくて…
僕を…?
君の心…
近付いていると思っていいの?
愛しい。
「僕を…思い出してくれて…ありがとう」
愛しいよ…。
何度も摺り合わせる頬。
僕の肌から…君への愛情を感じて欲しい。
「え~ゴホンゴホンゴホン」
わざとらしい咳払いは、由香ちゃんからだった。
完全に…2人の世界にしてしまっていた。
「たった今…そこに見慣れた車が停まったんだけれど、ボク…先に乗り込んでいるよ。一応お知らせしようと思って…」
「い、いいよ、行くよ、僕達も」
僕の顔は羞恥に赤くなっていただろう。
「師匠は初々しいんだか、その逆なんだか…よく判らないや。ああっと、神崎。師匠のそのカピカピに頬つけないでくれ!! 何と言うか…良心の呵責…みたいな…。触って削り落さなくていいから、触るなッッ!!!!」
由香ちゃんが何やらぶつぶつ呟いた後に、妙に騒いでいた。