シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
――――――――――――――――――――――――――――……


虚数。

僕は、それが秘めた可能性を見誤っていた。

ただの「-1」にしか過ぎないと、簡単に考えていたんだ。

今まで接した虚数は、場に存在する0と1をオセロのように変化させるもので、僕が感じる"被害"は力を使えないことくらいで、身体への影響はなかった。

それ故、僕にとって虚数という存在は、0や1程の重要性はなく、至極単純に"電脳世界を脅かし、超音波と組み合わさればこの世界の物質を爆発させ、そして僕の力を消失させることが出来る、厄介な第3の存在"としてしか把握しようとしていなかったんだ。


まさかそれが――

ここまで身体を蝕むものに変じようとは。


僕の体内に流れる微弱電流。

それは普通の人間と同じく、0と1で構成されている…"気"。


虚数で狙い撃ちされた僕は、まず0と1を根こそぎ奪われ…異質な-1を植えつけられた感覚があった。

同時に僕の体が感じた変調は、まずは代謝が悪くなったことによる体感温度の低下だった。

身体の温度を取り戻すためには、体内に0と1の微弱電流をまた流せばいい。しかし僕が新たに増産する力の全てを僕の体内に取り込めば、車が停止してしまう危険性がある上に、異分子たる虚数の生長が折角増産した0と1を凌駕し、常に0と1不足にある僕は、心身のバランスを崩していたんだ。

自然治癒力とでも言うべき、人体における0と1の自動回復力は完全停止し、僕の増産の力によって生まれた0と1だけが、かろうじて虚数塗れの僕を…僕として保持させている状況だった。


僕にどの程度の虚数が浴びせられたのか判らないし、僕だけという狙い撃ちが可能になる事態も理解できないけれど。

空気感染の様に、身体の中に侵食してくる虚数の感覚は、まるで体内に未知なる生物が蠢いているような錯覚をもたらし、虚数を弾く結界作りに全力に注ぎ込めない状況は、体内に増え始めた虚数抑止に効果はなかった。

僕が僕ではないものに変化していきそうな…そんな恐怖を感じた時、僕の心臓に錐(きり)で突付かれたような痛みが走る。

心臓を保護していた気というべき微弱電流を失い、無防備状態に晒された僕の心臓が、待ち受ける不安と恐怖に悲鳴を上げたのだろう。

場の虚数も増加の一途を辿り、気を抜けば車が止まってしまい、大惨事を引き起こす可能性が高くなる。

それを防ぐ為の、僕の力の糧となるべき0と1の増産に苦心しつつも、それを邪魔しようとする狙撃をかわす為に、注意は車外の敵にも向けていないといけなくて。

力を強めれば強める程、それを餌とするかのように敵から向けられる虚数が大きくなり、更に力を強めねばならなくなるこの悪循環。

稽古により以前よりは力は強まっても、分散させたものを強めて同時制御するまでの技巧習得には至っていない僕の未熟さを思い知る。

< 888 / 1,366 >

この作品をシェア

pagetop