シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
今までずっと黙っていた由香ちゃんが、後部座席の隅にて…身体を丸めるようにして僕に背を向けていたのは判っていた。
正直、芹霞の危険を優先させてしまっていた僕は、由香ちゃんは蹴られて凹んでいると思って、後で声をかけようと…事実上放置してしまっていた。
しかし、由香ちゃんは凹んでいたわけではなかったらしい。
バックミラー越しに見える彼女は、
「え、何で青い紙!!!?」
今まですっかり忘れていたその色の紙を開いていたんだ。
動揺に少しばかり僕の気が乱れてしまったけれど、何とか速度は保持出来たままだったようだ。
「ああ、師匠…勝手にごめんよ。あれ、少し元気になった? 顔色というか、身体が凄く輝いて見える」
「僕のオーラが見えるんだね、今の由香ちゃんは。自分自身を立て直せるのは、恐らく今だけの一過性だ。それが終わりを告げる前に、決着をつける」
芹霞が、時間を作ってくれている間に。
「師匠、あのさ!! ボクが神崎に蹴られて座席転がった際に見つけたんだよ。青い…『緊急用ボタン』。下に注意書きがあって、『この車と乗員がトラブルに見舞われた際に押してください』ってあったんだ」
鼻息荒い由香ちゃんは、運転席と助手席との間に身を乗り出しながら、意気揚々と語るけれど。
怪しいぞ、それ。
何でそんなものが車にあるのか、そして何でそれが青い色をしているのか。
ふと…台場での、僕が修繕費を出したアストンマーティンを思い出す。
確かにあれも…非常事態の対抗策は用意されていたんだ。
恥ずかしい思いをしないと発動されなかったけれど。
「神崎、震えながら車の外に出たんだ。そこまでして頑張って状況を改善しようとしているのに、ボクはただわたわたしているだけで…恥ずかしくなってさ。ボク…神崎を見習って、ボクが出来ることをしようと思って、このボタンに賭けることにしたんだ」
「賭けちゃったの!!!?」
「そう!!! だからね、ボク押したんだ!!」
「押しちゃったの!!?」
全ては事後報告。
由香ちゃんの目は、疑いを知らない純粋な目で、いやもう…これも由香ちゃんの善意だと思えば、苦言も出ないけれど。
これもアストンと同じ青い車。
今の所、恥ずかしい指令はないけれど、また僕…何かさせられるんだろうか。
ただし…氷皇の車だったらの話。偽百合絵さんのように、この車もただ模したものだというのなら、そのボタンは罠となる。
何処までも危険に満ちているボタンを押したという由香ちゃんは言った。
「押したらね、下の溝から変な青い紙がレシートみたいに出てきてね、そしてボタンの横の蓋がパカリと開いて、テンキーみたいな数字ばかりが並べられたボタンが出てきたんだ」