シンデレラに玻璃の星冠をⅢ


緋狭さんを、自分の娘をやると?


「男の言い分曰く、子供は次女で十分だ、と」


緋狭さんを…捨てたのか、巧海さんは。

穏やかそうな思い出しかない俺には、愕然とした。


「巧海の罪とは逃げたことに対してではない。表に生きるという邪な願いを叶える為に、娘を犠牲にした……それこそが罪。だから黒き薔薇の刻印を刻んで追放した。妾達を忘れることなかれ、という意味も兼ねて。

黒き薔薇の意味は、闇の黒いイバラに縛られた"囚人"。咎の刻印と共にウジガミの力を制する存在に刻印を施すというのもまた事実。ウジガミを教えたのが、同様にウジガミを信仰する異人達のものと同じなれば、妾達もまた異人達の同胞となる。その意味での盟約の刻印ともなる。まあ対外的なものと言えようが」


対外的にはウジガミ制御の盟約。


対内的には咎人の証。

しかもその咎の理由は邪なる願いを叶えたことだという。


巧海さんは人殺しなどをしたわけでもなく、表に逃げたという理由で咎人の刻印を押され、緋狭さんを差し出すことで表で生きることを許された。


俺の記憶では――

他人の俺を我が子のように可愛がってくれた、愛情深い男性だった。

そんな人が、自分の娘を犠牲にしてのうのうと生きていられるだろうか。


あの頃緋狭さんは、頻繁ではないにしても神崎家に戻ってきて、芹霞や俺の相手をしてくれ、神崎家は本当に穏やかで和やかだったんだ。

それに8年前、惨殺された両親の屍を抱き、緋狭さんは号泣していた。


――私が早く来ていたのなら!!


俺には…あの緋狭さんの姿こそが真実に思えるんだ。

俺の為に片腕を落した、慈愛深い緋狭さんの心そのものだと。


それは愛情を知る故の、慈愛深さだと思うんだ。


どう考えても納得いかない。

巧海さんが緋狭さんを差し出して、何事もなかったかのように家族が振る舞っていたとは。

そんな仮面家族ではないんだ、神崎家は。

温かな心があったことを、俺は否定したくない。


俺の境遇を知っているだろう夢路が、昔巧海さんの世話になっていた事実を知らぬはずはないだろうし、それに対して俺が疑問を抱くのも判るはずだ。

それでも俺に話したのは?


「………」


だから俺は――

夢路は故意に真実を隠していると思ったんだ。

しかし全てが全て偽りだとも思えなかった。


境界線は何処だ?

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