シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
気づかなかった――。
煌が部屋の外にいるなどと、俺は…。
土下座したままのバツの悪い姿で、高い位置から見下ろす褐色の瞳と目が合った。
「……何してるよ、お前」
煌は一度目を手の甲で擦ると、むっとした顔を俺に向け、
「言っておくけど…俺はお前の嫁にはならんぞ」
そう手を伸べるから。
「……。俺だってお前の嫁姿、想像したくもない」
俺は、顔を歪めさせてその手をとって立上がる。
そして――
「「結婚するなら俺は――」」
意図せず同時に放たれた言葉に、お互い黙り込んでしまったけれど。
多分…次に出て来る固有名詞は同じだから。
当初、ここまで煌が芹霞に惚れ込むとは思っていなかったけれど、その恋愛過程とは別に、俺と煌との絆も深まっていると思うんだ。
一緒に泣いて笑った8年間。
それは簡単に捨て去れるものではない。
どんなに忘れたい辛い過去があっても、それを昇華しあえるだけの関係があると思うから。
そう思っているのは――
俺だけではないはずだ。
「……なあ、こけし」
煌が頭を掻きながら、正座したままこちらを向いている夢路に言った。
「俺の人生だ。何が幸せかは…俺が決める」
「………」
夢路は何も答えず、ただ煌を見つめ返すばかり。
「俺は…櫂と行く」
その真摯な顔の宣言に、俺は夢路を見ていられなくなった。
誰かを選ぶということは、誰かが切り捨てられる。
――玲くんが好きです。
いやという程、俺は味わってきたから。
それでも俺は…煌を手放せない。
「これだけは言いたい……」
煌は夢路に言った。
「俺は産まれてよかった」
泣き出しそうな顔で。
「だから俺は…櫂に会えたんだ。櫂だけじゃない、芹霞にも緋狭姉にも、玲にも桜にも…。俺の周りには、まだまだ人が居る。この世界みたいに、愚鈍な俺を歓迎してくれる世界があるんだ」
「煌……」
「俺は……もう生きる場所を見つけてる」
そしてまた、潤んだ目を手の甲で拭う。
「だからさんきゅ、こけしばあちゃん」
こけし…ばあちゃん…。
「……。妾は、ばあ…「こけしばあちゃんだろ、牛女がそう呼んでいるのなら」
それは即ち――
睦月と同じ立場であるということを、煌は悟っているということで。
夢路が隠したかったそれに、煌は気づいたということで。
暫く沈黙が続いた。