シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
私がこのネコを最後に見たのは…芹霞さんに言われて、瞬間接着剤を買いに七瀬紫茉の家からコンビニに行くまでのこと。
その時はまだ、生物学上は"ネコ"だったはずだ。
記憶に残る光景では、あそこまで芹霞さんに愛でられるような関係ではなく、どちらかといえば喧嘩ばかりしていたけれど。
触られるのが当然だというこの満足かつ幸せそうなネコの顔に、ふつふつとした怒りを覚えてしまうのはなぜなのか。
玲様は目を伏せるようにして、なにやら深く考え込んでいるようだ。
「あたしが瞬間接着剤を頼まなかったら、桜ちゃんはこうして正座しなくてもすんだのにね。ごめんね」
芹霞さんが足をもぞもぞ動かしながら、申し訳なさそうに頭を下げるから、私は慌てて頭を横に振り、逆に迷惑をかけたことを謝った。
「桜ちゃんは優しいね…ぐすっ。さらにあたし、腕を思い切りお尻で踏んづけたのに」
最後がよく聞き取れなかったけれど、潤んだ目の上目遣いに、心ならずも…心臓が躍ったことは、見て見ぬフリをした。
自分の心と向き合うと決めた途端、変化を見せる私の体。
こんなあからさまな変化は予想していなかった。
ああ、以前の…、芹霞さんの恋心を自覚したばかりの、ごろごろと下り坂を転がり落ちていた腑抜けた馬鹿犬の姿が目に浮かぶ。
シンクロする状況があるというのが、実に腹立たしい。
私は、ああなるものか。
強くなるために、心を拒絶しないだけ。
芹霞さんへの想いは、私の中だけに留める問題。
あの馬鹿みたいに、周りにぎゃんぎゃん騒ぎ立てることはしない。
あの馬鹿みたいに、判りやすい反応を見せる気もない。
心さえしっかり持てば、肉体を制することができるはずだ。
今までのように動揺しなければいいだけで、おかしな反応は外見に出ることはない。
私は、あの駄犬とは違うんだ。
「なんで顔が赤いんだ、葉山。まさかワンコ菌に感染?」
ぼそりと呟かれた遠坂由香の声は、私には届かなかった。
「すみません、瞬間接着剤…また買い直します。あの時買ったのですが、今手元になくて…」
そう話題を変えれば、
「あ……もういいよ、解決したから」
芹霞さんは、妙に泳いだ目を見せた。
「うん、木工用ボンドも使わなくて済んだし、ね。玲くん」
「……。え、何か言った?」
芹霞さんを見つめる玲様の横顔に、今さらながら違和感を覚えた私。
なんだろう。
最後の記憶と、何か違うような…?
玲様の記憶…。
玲様の……。