シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
かつては混み合っていた大通りも、今では行き交う車もまばら。
排気ガス臭がしない澄み渡った空気は、人にも環境にも優しく、その上交通事情にも優しい…いいことずくめ。
走行者はいないわけではないけれど、皆何かを恐れるように地味な格好でびくびくして歩いているから、その中で堂々とバイクを走らせる僕達はあまりに異質だ。
"女装"に"安全第一"に趣味の悪い派手な改造バイク。
Zodiacの宣伝が終わったと思ったら、今度は"玄武"の宣伝。
ここは男の矜持を優先するよりも、開き直らないと前に進めない。
それもまた"忍耐"という、強くなる為に必要な修業…。
そうさ、我慢我慢…。
僕の一番の得意分野じゃないか。
――あはははは~。
強さを求める道の先々に、不意に飛び込んで来る忌まわしき青色。
その先に今の僕があるのだとすれば――。
…あの青ずくめ、僕が相手だからと…わざとこの状況にさせて楽しんでいるように思えるのは、考え過ぎなんだろうか…。
「師匠、何か(ぶつぶつ)言ってる!?」
「言ってない、言ってない!!」
青色に対する不満が、口から漏れてしまったらしい。
危ない、危ない。
最近僕は、引き籠りを解消したはずなのに、外でも無意識に一人でぶつぶつ呟くことが多くなって、危ない男と思われそうだ。
どうせなら――…。
芹霞の心を奪ってやまない意味での、男としての"危なさ"が欲しい…。
ワイルド系でもいいや。
ただしヘタレ発情犬系以外の。
「やっぱり何か言ってない、師匠!!?」
「言ってない、言ってない!!」
特待生を収容する塾は、東京ドームの至近距離にある。
その界隈に来た僕達はバイクから降り、僕はバイクを手押しして歩いた。
そんな時、突然一台のバイクが僕達の前に止まった。
白いヘルメットをつけた、少しばかり陰鬱な表情をした、老けた男が降り立つ。
人の目を見ようとしないその眼差しに、何か異様なものを感じた僕は、新手かと身構えたのだけれど、
「……遠坂様、お久しぶりです」
男は丁寧に頭を下げた。
名指しは…由香ちゃん!?
それに対して由香ちゃんは驚いた様子もなく、
「やっぱり君は仕事が早いね、ご苦労様。で、"ブツ"は?」
それ処か慣れきった態度で応じている。
ブツ?
小声の…剣呑な単語が僕の耳に届く。
「これです。"長め"で"縛る"方、そして"しっとりツヤツヤ"タイプでよろしいんですよね? ムレない新製品をお持ちしました」
長めで縛る?
しっとりツヤツヤ?
ムレない?