シンデレラに玻璃の星冠をⅢ


バイクを塾に横付けして、由香ちゃんと正面玄関に入る。


「あれ……?」


自動ドアが開かない。


「また黄色い蝶がいるとか…?」


物騒なことを言い出した由香ちゃんは、一瞬ぱあっと顔を輝かせると、すぐに目を細め、人差し指と親指で顎を摘みながら、妙に低い声で言い捨てた。



「ボクの邪気眼は、忌まわしき蝶の瘴気は感じ取れないな…」




………。

「………」

………。

「………」


由香ちゃんが言った。


「師匠、何か反応してよ!! 悲しいじゃないか!!」

「え!? 僕の反応待ち!? てっきりまだ続くのかと思って…。あ、そうだね。蝶の瘴気は確かに感じられないね」

「そうだろ、そうだろ? くくくくく…かははははは」

高笑い続ける由香ちゃんの"厨二"は、いつ発動されるか判らない。

"厨二"とは難しいものだと思いつつも、由香ちゃんの言葉から"邪気眼"という単語を除けば、普段から僕が普通に使っている台詞。

しかも僕だけではない、仲間うちほぼ全員使っている。

制裁者(アリス)の真紅の邪眼が邪気眼になるのだとしたら、僕達は幾度、厨二発言してきたのだろう。

至って真剣に。

本当に心から真剣に。


疑わしき台詞の数々を、思い返してみた。

………。

何だか…泣けてきた…。

真剣…なんだよ、僕達は…。



「師匠、今日は平日だし…しおりにも"土日祝日も開講"とあるから、今日は休みで閉まっているわけじゃないのかな…」


由香ちゃんの頭の切り替えは早かった。

深く考えず、僕は僕の道を行こう。


「臨時休業? 貼り紙もないしさ…、シャッター無使用で、こんな透明な自動ドアの電気を止めるだけで戸締まり…? 一時的にしても…すごく物騒じゃない? あれ……師匠、手で開いた」

自動ドアの硝子にぺたりと両手をつけていた由香ちゃんが、八の字眉の困った顔を僕に向けた。

由香ちゃんの力で、5cm程開いた硝子ドア。

どうやら、向こうの塾のように不可解な力で閉められたものではないらしい。


「しまった!! 物的証拠が!!!」


ピカピカに磨かれていた硝子戸に、由香ちゃんの2つの手形が残っている。

指紋までくっきり。

思い切りこじ開けたのがバレバレだ。


由香ちゃんは慌てながらドアを戻した。


「どうする、師匠。手続き出来ないよ?」


硝子を通して見る塾の内部は、電気もついていない。

しかも…。

僕は携帯の時間を確認した。


「柱時計…止まってる」


止まったまま…ということが、塾の経営としてありえるのだろうか。

仮にも相手は子供とはいえ、接客業なんだし。


「由香ちゃん。すぐそこのコンビニで聞き込みしよう」


由香ちゃんの腕を掴んでコンビニに入る。

店員は1人、若い男。


僕は、しっとりツヤツヤなカツラを一撫でし、真っ直ぐレジに向う。


『煙草や酒類は、免罪符がなければ購入できません!!』


そんな貼り紙を横目に、店員と目が合うと僕はにっこり微笑んだ。


「すみません、お聞きしたいことがあるんですが…」


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