カプチーノ·カシス


「アイリッシュコーヒーを二つ。それからこの美人にはカフェロワイヤルを」


慣れた様子で尾崎さんが飲み物を注文すると、しばし沈黙が訪れた。

店内を見渡すと、客たちは皆静かに酒を嗜んでいる。談笑している者もいるが、決して騒ぐことはなくひそやかに言葉を交わしていた。


「いい店ですね」

「でしょう? 密会には持ってこいなんですよ」

「え?」


聞き間違いかと思って笑いながら尾崎さんを見ると、彼は仕事中とは打って変わって憂いを帯びた瞳でぼんやり宙を見つめていた。


「単身赴任ですからね。そういうこともありますよ」


俺が何も言えずにいると、代わりに武内さんが口を開いた。


「奥様と彼女……どっちを愛しているんですか?」


< 129 / 349 >

この作品をシェア

pagetop