カプチーノ·カシス


「帰らないで……朝までここにいて下さい」


俺の胸にすがりつき、武内さんは涙を浮かべる。

涙は女の武器とよく言うが、その涙が本物かどうかを見極められる程女性経験のない俺は、簡単に心を動かされてしまう。

取り戻した筈の理性も、再びぐらついてくる。


「俺は……」


愛する妻。可愛い娘。守るべき家庭。

それらと彼女を抱くことを天秤にかければ答えは出ているのに……

どうして俺は迷っている?


「もう一度……キスしてみればきっと分かります」


――またキスをしてしまったら、今度はもう戻れない。

やめろ、という信号を脳は伝えようと必死だ。

しかし神経細胞はそれを無視して、俺の手を彼女の頬に触れさせる。



「愛、海………」



そして口が勝手に彼女の名前を呼んだその時――

再びポケットの中で携帯が鳴った。



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