カプチーノ·カシス


始業時間の一時間前……朝の八時に開発室に行く約束をして、あたしは電話を切った。

昨夜の切ない気持ちはどこかへ消え、頭の中はもう課長の唇をどんな風に味わおうか、そればかりに考えて、にやけそうになる。

でも、八時に会社に行くなら一刻も早くここを出て、家で少しは眠らなくちゃ。

善は急げ、とばかりに素早く立ち上がったあたしは、リビングを出て玄関に向かおうとしたのだけれど……



「――帰るのか?」



いつの間に起きたんだろう、廊下の壁にもたれながら腕組みしするハルが、あたしの行く手を阻んだ。


「……うん、帰る。だからそこどいて」


恩をあだで返すようなことをしていると自分でも自覚があるから、ハルの顔をまっすぐ見つめることができない。


「さっきの電話、課長か?」

「聞いてたの? 悪趣味だよ」

「人んちででかい声で話してる方が悪い」


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