カプチーノ·カシス


幸せな時間はあっという間に過ぎ、課長があたしだけのもので居てくれる魔法は、おとぎ話のように真夜中の十二時時で途切れた。


「お風呂……入らなくていいの? あたしの匂い、たくさんついてますよ」


玄関で革靴に片足を入れる彼の背中に問いかける。


「たぶん妻はもう寝てるし、もし起きてたとしても女の子の居る店で飲んだと言えばいい」

「……そう。それならいいけど」


お風呂を勧めた本当の理由は匂いのことなんかじゃなくて、もう少しだけ一緒に居たいと思ったからだったけど……

彼はそれには気づかずあっさりと帰り支度をし、“課長”の姿に戻った。


「またしばらくこういう時間は作れないけど……大丈夫?」


最後に優しくあたしの頬に触れ、課長が問いかける。

本当は、大丈夫……じゃない。

でも彼を困らせてはいけないと、あたしは精一杯の笑顔を作って。



「寂しいけど、平気」



――また、強がりを言った。


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