カプチーノ·カシス


元々実家に帰ろうとしていたあたしは、ゆったりとしたニットにスキニージーンズというラフな服装にダウンを羽織っただけで石原に会いに行った。

化粧もほとんどなしで、気合いなんて欠片も入ってない姿だったのに、指定されたカフェに着いてあたしを見た石原は、開口一番にこう言った。


「なんかいつもと雰囲気違うけど、そういう愛海ちゃんも可愛いね」

「……ありがと」


石原に褒められても全く嬉しくないけど一応お礼を言って、あたしは店員さんにブレンドを注文した。


「何飲んでるの?」


石原の手元にあるのは、どう見ても紅茶だ。

上品な花柄のカップと揃いの小皿には、黄色いジャムが乗っている。


「ロシアンティー。本当は僕、コーヒーより紅茶の方が好きなんだ」


そう言って微笑んだ石原は、そのままの穏やかな調子でこんなことを言ってあたしを驚かせた。


「母さんさ……実はもう、長くないんだよね」



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