カプチーノ·カシス
石原は苦笑しながら言い、そしてカップに落としていた視線を上げると、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「愛海ちゃんを見てると、母さんの姿と重なって……それでどうしても、課長とどうにかなって欲しくなかったんだ」
今まで、完全に無視してきた石原の言葉が、今になって全部、心に重くのしかかってくる。
……ただの嫉妬だと思っていた。
私の気持ちも知らないで勝手なことばかり言って、煩わしいとすら思っていた
でも……石原は知っていた。
不倫の苦しさを、痛みを、誰よりも強く……知っていた。
「でもね、愛海ちゃん」
あたしは、気づいたら泣いてた。
石原の話はあたしの痛みまで心の表面に引き上げてしまって、どんなに堪えても涙が溢れてしまう。
「母さんさ、もうすぐ死ぬっていうのに僕の父親だった人の話ばかりするんだ。“本当に素敵な人だった。あなたがあの人の血を受け継いでくれて、私は幸せよ”って。……僕、今まで母さんは不幸だとばかり思ってたんだけど、違ったんだ」