カプチーノ·カシス
「……っ」
何も答えない塔子。
静まりかえった部屋に響くのは、壁にかかった時計の音だけ。
それは結婚する前、小さなアパートで同棲していた時から二人の時を刻んできた時計。
その秒針が、今回だけはまるで別れのカウントダウンをしているようで、一秒ごとに、胸が痛かった。
やがて塔子が観念したようにため息をつき、さっきの怒りに満ちた様子とは打って変わって、すがるような瞳で俺を見る。
俺は……自分は……どうしたいんだ?
塔子と別れて武内さんと二人で生きていきたいのか?
いや……もしそうなら、もっと前に自分から塔子に別れを言い渡すはず。
俺は、やっぱり武内さんとのことを軽く見ていたのかもしれない。
帰る家があって、大切な妻と子供がいて。
そして会社にも別に恋人がいるなんて、道徳心を無視すればまるで楽しい生活。
それに溺れて、彼女の気持ちも、塔子の気持ちも深く考えようとせずに、自分さえよければそれでいいと、いつの間にかそんな勝手な男になってしまっていたんだ、俺は……
自分自身の不甲斐なさから締め付けられる胸に顔を歪めた俺に、塔子が言う。
「私は……離婚なんて、したく……ないっ!」
そうして、彼女は俺の胸に飛び込んできた。
最後の方は涙声で、切なく掠れていた。