大切な人
 三日後
 

 …よかった。


 今日も朝が来た。


 私、いつまで生きていられるのかな?


 ハルはいつっていう、具体的なとこは言ってくれないから、わからない。

 

「はる!おはよ。」
 

「おはよ~!」


 いつもと変わらない日常。なのに、なぜかうれしくなっちゃうんだ。


 今、生きてるってわかるから。


 …ガラガラ
 

 桃華グループがいつものように教室に入ってくる。


 みんな一瞬静かになったけど、いつもと変わらずガヤガヤしている。
 

 あれ?桃華がみんなにあいさつしない。


 どーしたんだろ。…まさか。
 

「桃華様ぁ~。どうなさったんですかぁ~?今日はとても気分がすぐれないようですけどぉ~。」
 

「ええ。昨日のことで、ちょっとね。」


「そうですよねぇ~。あの女、桃華様のバックを汚しちゃって。ホントに最低ぇ~!」


「ホントだよな。ピーピーうっせぇし。これで今日来なかったら、家まで殴り込んでやる。」


 この前の子、相当やられたのかな?


 それに、桃華のバック汚しちゃったらしい。


 だから機嫌が悪いのか。自分から最初にふっかけたくせに、ホントにひどいな。最低なのは、どっちよ。
 

 なんて考えるけれど、どうせ何もできないんだよな…私。
 

 …ガラガラ


「あらぁ?桃華様ぁ~!あの女、来ましたぁ~。」


「よく来れたな、あいつ。」


 来なかったら、家まで殴り込みに行くって言ってたくせに、来てもダメなの?


 じゃあ、あの子はどうすればいいんだろう?
 

「おっはよぉ~。バックの弁償代、持ってきたぁ~?」


「い…いえ。あの…お金がないので…。」


「あぁ?何言ってんだよ。お前が桃華様のバック汚したんだろ?」


「あ…あれはあなた達が…。」


 お金、取ろうとしてる。


 どうしよう…かわいそうだよ。


 誰か…助けてあげて…。
 

 でも、誰も桃華達に近づこうとはしない。
 

「おい。なにやってんの?」


「優輝君…。な、なんでもありませんわ。」


「そ、そうですぅ~。なんでもありませ~ん。お気になさらずに~。」


 優輝君が桃華達に立ち向かっていった。


 優輝君…。やっぱり優しいな。
 

 桃華達は、優輝君が行ったとたん顔がガラッと変わって、ニコニコしている。


 女って怖い。


 …その中で、桃華が顔を赤く染めているのは気のせい?
 

「で、では優輝君。ごきげんよう。」


 優輝君に愛想を振りまいて行った桃華達。


 自分たちの席で、「よかったですね。」などとシモベ達が、桃華と共に喜んでいる。
 

 まさか…違うよね?嘘でしょ?


 桃華が…優輝君を好きだなんて。
 

 優輝君は何も知らずに、女の子に「大丈夫?」と優しく声をかけている。


 その女の子の顔も赤い。


 やっぱり、モテるなぁ。
 

「ゆ…優輝。ありがとう。」


 …え?気のせい?


 今、優輝って…。どうして?
 

「はる?どーした?」


「ん?あ…別に。」


「別にってことないでしょ。あ…もしかして今の会話、聞いてた?はる、聞こえたらショックだろーなとは思ってたけど。
 

「バッチリ聞いた。どういう関係なのかな?」


 私達が議論していると、クラスの女子が集まってきた。


「なになに?どーしたの?」


「あ…。あの二人って、どういう関係なのかなって思って。」


「あぁ!あれ?仲いいよね。幼馴染だって~。でもでも、付き合ってたりして❤」


「「キャー❤」」
 

 キャー❤じゃないよ。


 嘘でしょ?付き合ってるの?


 幼馴染って、小さい頃から一緒にいるってことだよね?


 私が知らない優輝君も知ってるってことだよね?


 …うらやましいな。
 

 …ヤバイ。私、嫉妬してるかも。
 

「そうなんだ…。」


「ちょ、ちょっと!どこいくの?」


 私は、その場にいることができなくて、二人を見たくなくて…逃げ出した。


 菜子も追いかけてきていたけれど、来ないでって言った。


 一人になりたかったから。


 無我夢中で走っていたら、屋上についた。
 

 今日は晴れ。雲一つない空が、なんだかさみしい。


 死んじゃったら…こんな感じなのかな?


 菜子…連れてくれば良かった。…さみしいよ。
 

「…どうしたの?」


 空から降りてきたのは、青い髪の少年。


 青い瞳を隠した前髪が、気持ちのいい風でなびいている。
 

「…どうして…泣いてるの?」


「え?」


 私泣いてるの?私の頬を伝うしずくに今初めて気づいた。


 私…久しぶりに泣いたかも。理由はたぶん…あれだよね。


 ハル、気を使ってくれたのかな?


 死神なのに…優しい人。
 

「ううん。なんでもないよ。ありがと、ハル。


「なにが?」


「ううん。別に。」


 不思議そうに首をかしげるハルにニコッと笑って見せた。


 それから、私達は何も話さずにずっと寝っころがっていた。


 なんでだろう。


 …ハルがいるだけですごく落ち着いた気がする。気のせいかな。
 

 さて、いつまでも泣いているわけにはいかないな。


 教室に戻んなきゃ。菜子に心配かけちゃう。
 

 ハルに声をかけようとした時、キレイな寝顔が目に入った。
 

 ハル、寝ちゃったんだ。


 でも、ずっと傍にいてくれてたんだね。


 腕を枕にして寝ている姿は、人間の少年と何も変わらない。


 でも、女の私から見て…キレイって思った。


 太陽に照らされた少年はキラキラしていて、バックの山々と青い空を重ね合わせると、すごく絵になる。



 放課後


 あれから、帰ると菜子がすごく心配していて、申し訳なかった。


 でも、私が笑って謝るといいわって許してくれた。


 私が帰った時には、あの二人はもういなかった。


 …だから、考えないように無理やりテンションを上げてた。
 

 菜子にゲーセンに誘われたけど、先生に呼ばれてたから断って、先に帰ってもらった。
 

 先生との話が終わった後、教室へ鞄を取りに向かった。
 

「…めて!いや!」


 なんか聞こえる。うちのクラスからだ。


 まだ、誰か残ってたのかな?


 私はそっとドアから中の様子を見た。
 

「お願い!やめてよ!」
 

「うっせぇんだよ!おとなしくしろ!」


 桃華グループがあの女の子を囲んで何かしている。まさか、またいじめてるの?
 

「お金、ないんでしょ~?じゃあ、その髪の毛ちょうだいよぉ~❤」


「やだ!やめて!」


「あぁ?何言ってんだよ。お前に拒否権ないの!」


 女の子は今にも泣きだしそう。


 あ!桃華がハサミを取り出した!これ…やばくない?
 

 ガタッ!
 

 ビックリしすぎて、ドアにぶつかっちゃった私。


 もちろん、この音に気付かないわけもなく、視線は私に集まった。


 あぁ…嫌な空気。
 

「ゲッ!桜木、まだいたの!?」


「あらぁ~?はるさんじゃな~い❤どうしたのぉ~?」


「あ…えっと、鞄を取りに来ただけです。」


 そういうと私は、自分の席へ行って鞄を持った。


 私の行動をずっとガン見している桃華達。


 うぅ~怖い。早くここから出たくて、早歩きでドアへ向かった。


 その時、女の子が泣き目で助けを求めてきた。
 

「助けて!お願い!」


 桃華達は私がどう出るかずっと見てる。


 この子は私に助けを求めている。


 こんなの…どうすればいいの?
 

「はるさぁ~ん❤鞄、取りに来ただけだよねぇ~?」


 その時、朝の記憶が戻ってきた。


 『ゆ…優輝。ありがとう。』


 『幼馴染だって~。でもでも、付き合ってたりして❤』


 『『キャー❤』』


 『付き合ってる』『幼馴染』『付き合ってる』『付き合ってる』…。ヤバイ…嫉妬が。


 【コノ子ガイナケレバ、優輝君ハ…。】


でも、助けなきゃ。


【ドウセ、不登校ニナル。】


 かわいそうだよ。


 【助ケタラ次ハ私。】


 でも…。


 【優輝君ノタメニ、コノ子ハ邪魔ダ。】


 邪魔?


 【ソウ。コノ子ハ私カラ優輝君ヲ奪ウ。】


 優輝君を?嫌だ…嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 「助けて!桜木さん!」


 女の子が私の腕をつかんできた。


 【突キ飛バセ。】


 バッ!


 私は、自分でもわからないくらい、強い力で払ってしまった。


 女の子の絶望の眼差し。


 桃華達の笑い声。
 

「あははっ!やっぱお前、友達いねぇんじゃん。ってか、今の顔めっちゃウケた。」


「ホントホント~❤じゃあ、はるさん。さよなら~❤」


「さ…さよなら。」


 私は一度も後ろを振り返らず、家に向かって走った。


 教室を出た時の桃華達の笑い声が耳から離れない。


 私…どうしてあんなことを?


 どうして助けてあげられなかったの?


 汚い…怖い…嫌い。


 こんな私、私じゃない。
 

 『助けて!桜木さん!』
 

 何度も何度も私に助けを求めていたのに…。


 ごめん。ホントにごめん。


 あなたは何も悪くない。


 …知らなかった。自分がこんなにも弱かったなんて。

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