大切な人

ハルside

はるが帰ってきた。


 息を切らして泣きながら。


 どうしたんだろう。


 朝も泣いていた。


 自分では気づいていないようだったけど…。


 不謹慎だけど、初めて人間の涙をキレイだって思った。


 はるは、ふとんに潜ったまま出てこない。


「…はる?」


 バサッ!


 急にはるがふとんから出てきて、僕に抱きついてきた。


 突然だったから、ビックリした。
 

「ハル…。私、汚い人間だったよ。この世にいちゃいけないのかもしれない。早く…連れて行って。」


 はるは、汚くなんかない。キレイだ。そんなの…連れて行けないよ。


 「はるは、汚くなんかないよ。どうしたの?」


 「あのね…。」


 はるは昨日からのことを僕に話してくれた。


 好きな男がいること。


 その幼馴染がいじめられてるってこと。


 この二人が付き合ってるかもしれないってこと。


 嫉妬したこと。


 泣いたこと。


 いじめを見たこと。


 助けを求められたこと。


 裏の自分に勝てなかったこと。


 自分を汚いって思ったこと…。
 

「私は、最低なの。自分のためにあの子を…。」


 この世界には、自分だけ良ければいいって奴の方がほとんどを占めている。


 相手が自分より上、それが許せない。


 自分が幸せになるために相手を不幸にする。
 

 …こんなの、みんなやってること。
 

 そして、自分がやってることに気づかない。


 気づいても、気づかないふりをする。


 自分が悪いって認めたくないから。
 

 そっちの方があたりまえなんだ。
 

 だけど…この子は…はるは違う。

 
 認めて、悔やんでる。


 自分がしたことを嫌って、自分を最低って…。
 

 いい年の大人は、こんなことしない。…いや、できない。
 

 人間はプライドの塊だから。
 

「はるは…、最低じゃない。いじめてる人間が最低なんだ。」


「私も、いじめてるのと一緒だよ。もぅ、学校行きたくない。」


「はる…。」


 この子に、何って言ってあげればいいんだろう。


 はる…君はどうして、そんなに心が真っ白なの?
 

 君は最低じゃない。


 人間で、初めて僕を受け入れてくれた。


 笑ってくれた。


 食事を作ってくれた。
 

 君は、とても優しい子なんだ。
 

 そして…僕にとって、大切な…。
 

 僕はこの真っ白な天使に恋をしたようだ。
 

「はる。明日、学校へ行っておいで。その女の子、明日もいじめられるかもしれないでしょ?そのときは、今日の分まで守ってあげて。そして、謝っておいで。自分の声で、はっきりと。」
 

 はるは、真っ直ぐ僕を見て不安そうな顔で言った。
 

「そんな…。会わせる顔なんてないよ。」


「…大丈夫。わかってくれる。僕がついてるよ。」


「…ハル。…うん。許してもらえるかわかんないけど、やってみる。」


 僕ははるの頭を撫でて、抱きしめた。


 …温かい。人間ってこんなに温かいんだ。

 
 そして…この子を守ってあげたい。この手で。

 

 はるは、僕の腕の中で眠りについた。

 
 かわいい寝顔。


 …だめだ。触ってはいけない。


 これ以上触れたら、この気持ちを隠しきれなくなる。
 

 ダメだ…。そんなの許されない。
 

 だって僕達は…「人間」と「死神」なんだから。

 

 次の日
 

「…はる。」
 

 僕は、自分の腕の中で眠っているはるをゆすった。


 この子は今日、自分と戦うんだ。自分の裏側の黒い闇と。
 

「ん…ハル。」


「おはよう。ほら、学校行くんでしょ?」 
 

 はるは思い出したように、いきなり起き上がり支度を始めた。


 髪を直して鏡の中の自分を見ながらリップを塗る。


 昨日泣いたから、目がはれていてかわいそうだ。


 はるは、支度を整えると鞄を持って玄関へと向かった。


 靴を履くと振り返ってニコッと笑った。


「えへへ。なんか、照れるな。…行ってきます!」


「…うん。いってらっしゃい。」


 嬉しそうに手を振りながら出て行ったはる…。


 さて、僕も行ってあげないと。
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