風に恋して
「リア様が戻ってきて最初の出来事を覚えていらっしゃいますか?研究室で精神崩壊を起こしそうになったときです」
「待て、セスト。リアが壊れてしまったら、クラドールとしてだって利用できなくなるだろ?そうしたらユベール王子には何も……」

確かに、リアがあのまま精神崩壊を起こしてしまっていたらレオへの復讐にはなるのかもしれない。レオは愛する人を壊されて、絶望へと落とされる。だが、ユベール王子の手にリアが渡るわけではない。

しかし、レオの言葉にセストが首を振る。

「1度精神崩壊を起こすと戻らない、と一般的には言われています。ですが、それは“元に”は戻らないという意味なのです」
「どういう、ことだ?」

心が壊れてしまった場合、元に戻すことはできない。人の心は複雑で、どんなに技術の高いクラドールにも、粉々に散ったピースを完全に復元することはできないといわれている。

グラスの破片は大きいものだけではない。目に見えないような粉になってしまう部分まで拾い集めることはほぼ不可能だろう。たとえそれがほんのわずかでも、違いが出る。

「意思のなくなった心を操るのは、赤子の手を捻るようなものだということです」

自分の意思をなくした心。壊れてしまった心の欠片を抜き取って、スポンジのようなそこに新たな意思を入れれば何の抵抗もなく吸収されていく。

「とはいえ、それなりに高度な呪文です。人の心を思うままにするわけですからね。養成学校ではその存在すら教えることのない禁術です」

壊れたリアに、ユベール王子の望むままの人格を植えつけて引き渡す。

「ただ、厳重に保管された古文書なんかには載っていますし、リア様の記憶操作の精巧性を見てもエンツォなら可能かと」
「なるほど。だが、もう1つ。どうやって、この城から連れ出す?」

たとえそれができたとしても、リアをこの城から連れ出すことが難しいのはセストも承知のはず。

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