風に恋して
何度も触れたことのある、柔らかくて温かな感触。お城に来たときの、秘密の逢瀬だった。

「いやっ」

ヒメナは力いっぱいオビディオの身体を押し返した。

「ヒメ――」
「こんなことしないで!貴方はマリナと結婚したのよ!」

妹を、裏切らないで欲しい。裏切らせないで欲しい。

零れそうになる涙を必死に耐えた。

「ヒメナ……泣いて、叫んで、俺にすべてを吐き出して。そうしたら、お前を解放するから……」

オビディオがヒメナの身体を抱き寄せる。ヒメナの顔が、オビディオの胸に押し付けられた。この場所はもう、自分のものではないのに……

「マリナが言っていた。自分の前ではお前が泣いてくれないと。だから、俺をここに呼んだ。そして言ったんだ。夢を見て、と」

夢を見て――

手紙にも“素敵な夢が見られる”と書いてあった。ようやく妹の思惑を理解する。

けれどそれは、マリナを裏切ることだ。

『お姉様!どうして泣かないの!?』と。あの日、玄関で泣いていた妹。そしてこんな風に、幸せを運んでくれようとする妹。可愛い、妹――

マリナを裏切ることなどできない。

「ヒメナ、ちゃんと……泣いてから行け。お前の涙を受け止めるくらいは、それくらいは俺にさせてくれ」

オビディオの言葉に、ずっと我慢していた涙が溢れた。
< 312 / 344 >

この作品をシェア

pagetop