風に恋して
「エンツォ。私、偽物の記憶なんてなくても貴方のことが好きだよ。お母さん思いの、とても優しい人……貴方の運命は、破壊じゃない」

ふわり、と。

身体が浮くような感覚、その後に全身に水が行き渡るようにすべてが揺れた。

エンツォの視界には、リアの綺麗な温かい笑顔があって。

(母さん……)

ヒメナもこんな風にエンツォに微笑んでくれた。そして、理解する。自分が求めていたのはそれだったのだと。

偽物の記憶を持ったリアと1年間過ごして……本当は、記憶操作自体は1年もかからずに終わっていたのに、足りなくて。

リアの向けてくれる笑顔が、城にいた頃と違うから。だから……それを見られるまでもう少し、もう少し、と。

あんなに必死になってリアの笑顔を探していたのに。そんなことすら忘れていた今、彼女はそれを自分に与えてくれている。偽物じゃなく、本物の、心からの笑顔を。

生まれてからずっとそれを与えてくれていたヒメナが壊れてしまって、もう誰も自分にその気持ちを向けてくれる人はいないのだと絶望した。だから、羨ましかった。

エンツォの経験したことのない家族全員の笑顔があふれる家が、自分を見てくれる人間を持っているレオが……

(俺は……)

愛情が、欲しかった――
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