風に恋して
――苦しい。

リアは図書館を出て、もつれそうになる足を必死で動かした。真っ青な顔をして廊下を走るリアに執事や侍女たちが振り返ったり、制止しようとしたりするのも振り切ってとにかく走る。

どこかへ逃げたい。どこへ行けば――

結局、たどり着いたのは自分に与えられた部屋だった。かなりの距離だったはずなのに、迷わずに自分の部屋に帰って来られた。帰ってきてしまった。

それは、図書館の本たちと同じくリアに“記憶喪失”という事実を突きつける。

リアは柔らかなベッドに突っ伏した。

一体、自分に何が起こったのだろう。

本当にリアの記憶が変えられているとしたら、なぜ?

「変えられて……?」

枕に顔を擦り付けるようにして泣いていたリアはその言葉の意味に気づく。事故や事件ではない。“変えられている”という表現は、誰かが故意にそうしたように聴こえる。

誰が、何のために……?

リアの知っている人は少ない。街の患者さんと診療所を手伝ってくれていたエンツォ……両親はもう亡くなっていて、幼い頃にヴィエント王国へ移住したリアは親戚にも会ったことがない。もしくは、呪術者の記憶も消されているか。

考えてもわからない。ただ……

「エンツォ……」

1人ぼっちになったリアのそばにいてくれた人。リアの、想い人。リアが突然いなくなって、心配しているだろう。

リアが好きなのは、エンツォなのに――…

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