お医者様に好かれるだなんて、光栄なことだと思ってた
断られたドライブ
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人通りが多い中央駅の柱に隠れるようにして、本田を待つのにはわけがある。
「あの、もう1人誘うって件だけどさ。僕会議で休診なのに、他の人誘いにくいんだよね。2人でいい?」
と事前に言われていたからだ。
その時、断ろうかどうか一瞬迷ったが、『先生』相手に2人きりだと行きにくいんです、などと言いづらくて結局断れなかった。
そう、少しは断わるつもりだったのだが、権力に負けて、私は今日の約束を守るためにここへ来てしまったのである。
夫にはもちろん何も話していない。この映画の話どころか、売店へ勤め始めたのと、4店舗目がオープンするのが同時だったため、最近は忙しくて店で寝泊まりすることも多い。
子供を押しつけられているためのストレス発散、という考えはよくない。かといって、ではなぜ今ここへ誰にも内緒で立ち尽くしているのかは、深く考えたくはなかった。
真紀は1分過ぎた携帯を見ながら、控えめに辺りを伺う。
この日のために、ネットで白いワンピースとバックを買ったなんて、自分では信じたくなかったが、実際は今日のために自分によく似合う物を購入した、以外の何でもなかった。
しかし、こんな人通りがある場所で待ち合わせということは、相手も何も考えておらず、いつもの、会食の延長くらいにしか考えていない可能性が高い。
相手は権威のある医者であり、人からの信頼や人望は想像以上に厚いに違いない。
そう自分に言い聞かせ、高鳴る緊張を抑える。
「ごめんごめん」
聞き覚えのある声が背後からして、慌てて振り返った。
「会議が少し長引いちゃって」
いつもと違うスーツのせいか、長身のその姿は着やせして見えた。
「あ、はい……あ、いえ……」
真紀は人目も気になり、目を伏せた。
「えっと、車地下に停めてあるけど、駅ビルの中に美味しいところあるからそこ行こうか。僕のおすすめ」
「あ、私はどこでも……」
歩き出した本間のすぐ後ろに真紀はついていく。
「食事して、映画観て。帰りは何時でもいい?」
そんなわけない。
「いつもの仕事の4時くらいに帰らないと……」
「そうだね、はいはい。んじゃ、映画……ぎりぎりだなあ」
本間は腕時計を見ながら言った。白衣の時はしていない腕時計。今日はスーツに合わせてしてきたのであろう。
「ま、いいか、まず食事しようか。僕お腹空いてるんだよなあ……」
言いながら隣接するホテルのエレベーターに乗り込む。偶然にも、2人きりだ。だが、真紀のよそよそしさをよそに何ともなく、すぐにレストラン階に着いてしまう。
「あ、食品アレルギーとかない?」
相当回数この店を利用しているのだろう。本間はこちらを伺いながら、靴を脱ぐ間に、レジカウンターのボーイが
「いらっしゃいませ、本間様」
と、頭を下げた。
ホテルの和食料理の店だけあって、ぬかりはない。
真紀もハイヒールを脱ぐ。その靴はボーイが片付けてくれた。
続いて中へ案内してくれる。中はそれほど広くはなく、個室が2つと後は大広間の座敷だけだった。
「僕、先週はここで昼食会だったんだけどね、ここの天ぷらがめちゃうまいんだよ!」
案内されている途中だが、本間は料理を絶賛する。
「ありがとうございます。本日は天ぷらの盛り合わせでよろしいですか?」
「いつもので」
本間はにこっと笑って2つ注文し、さっと個室へ入った。
続いて真紀も入る。
中はもちろん広くない。4人掛けのテーブルに2つの座椅子があるだけだった。
「今日の会議は年寄が多くて9時から11時って早いんだよ。だから、昼診に間に合わないこともないんだけど、まあいっかと思って。映画行きたかったし」
対面して座る本間はおしぼりで手を拭きながら笑った。
「休みの日だと子供がいて、落ち着いて映画行けないからね」
妙に心が冷たい気持ちになる。
「そう……ですね……」
真紀はおしぼりには手をつけず、ただその大きな手を見つめて、相槌を打った。
「僕、ずっと聞こうと思ってたんだけどさ」
本間は使ったおしぼりを丁寧に畳みながら聞く。
「吉住さん、結婚してるよね?」
今まで隠していたわけではない。もちろん結婚指輪も最初からしているのだが、子供の話や家族の話はしたことがなかった。それは、あえてしなかった、と自分では思ってはいない。ただ聞かれなかったから、言わなかっただけのこと。
「あ、はい……。子供もいます」
4人と言えば驚いて引かれる可能性があるので、聞かれるまでは言わないでおこうとすぐに心に決める。
「何歳?」
それは職業病なのかどうなのか、本間はすぐに聞いた。
「……4、3、2、0」
「えっ!?」
本間は驚いて目を丸くする。
「4人!? えっ、……なんかカウントしてるわけじゃないよね?」
何故か本間は辺りを見回した。
「4人……います」
一瞬の後悔を吹き飛ばすように、
「いやあ、綺麗に産んだね! 全然独身でも通るよ。まだ若いせいもあるかもしれないけど、まさか、4人もいるとは思えない」
まあ、この手の感想はよく言われるので慣れている。
「若い時に、産みましたから……」
そして返すコメントも決めている。
「そっかそっか、4人かぁ。え、旦那さんは?」
人通りが多い中央駅の柱に隠れるようにして、本田を待つのにはわけがある。
「あの、もう1人誘うって件だけどさ。僕会議で休診なのに、他の人誘いにくいんだよね。2人でいい?」
と事前に言われていたからだ。
その時、断ろうかどうか一瞬迷ったが、『先生』相手に2人きりだと行きにくいんです、などと言いづらくて結局断れなかった。
そう、少しは断わるつもりだったのだが、権力に負けて、私は今日の約束を守るためにここへ来てしまったのである。
夫にはもちろん何も話していない。この映画の話どころか、売店へ勤め始めたのと、4店舗目がオープンするのが同時だったため、最近は忙しくて店で寝泊まりすることも多い。
子供を押しつけられているためのストレス発散、という考えはよくない。かといって、ではなぜ今ここへ誰にも内緒で立ち尽くしているのかは、深く考えたくはなかった。
真紀は1分過ぎた携帯を見ながら、控えめに辺りを伺う。
この日のために、ネットで白いワンピースとバックを買ったなんて、自分では信じたくなかったが、実際は今日のために自分によく似合う物を購入した、以外の何でもなかった。
しかし、こんな人通りがある場所で待ち合わせということは、相手も何も考えておらず、いつもの、会食の延長くらいにしか考えていない可能性が高い。
相手は権威のある医者であり、人からの信頼や人望は想像以上に厚いに違いない。
そう自分に言い聞かせ、高鳴る緊張を抑える。
「ごめんごめん」
聞き覚えのある声が背後からして、慌てて振り返った。
「会議が少し長引いちゃって」
いつもと違うスーツのせいか、長身のその姿は着やせして見えた。
「あ、はい……あ、いえ……」
真紀は人目も気になり、目を伏せた。
「えっと、車地下に停めてあるけど、駅ビルの中に美味しいところあるからそこ行こうか。僕のおすすめ」
「あ、私はどこでも……」
歩き出した本間のすぐ後ろに真紀はついていく。
「食事して、映画観て。帰りは何時でもいい?」
そんなわけない。
「いつもの仕事の4時くらいに帰らないと……」
「そうだね、はいはい。んじゃ、映画……ぎりぎりだなあ」
本間は腕時計を見ながら言った。白衣の時はしていない腕時計。今日はスーツに合わせてしてきたのであろう。
「ま、いいか、まず食事しようか。僕お腹空いてるんだよなあ……」
言いながら隣接するホテルのエレベーターに乗り込む。偶然にも、2人きりだ。だが、真紀のよそよそしさをよそに何ともなく、すぐにレストラン階に着いてしまう。
「あ、食品アレルギーとかない?」
相当回数この店を利用しているのだろう。本間はこちらを伺いながら、靴を脱ぐ間に、レジカウンターのボーイが
「いらっしゃいませ、本間様」
と、頭を下げた。
ホテルの和食料理の店だけあって、ぬかりはない。
真紀もハイヒールを脱ぐ。その靴はボーイが片付けてくれた。
続いて中へ案内してくれる。中はそれほど広くはなく、個室が2つと後は大広間の座敷だけだった。
「僕、先週はここで昼食会だったんだけどね、ここの天ぷらがめちゃうまいんだよ!」
案内されている途中だが、本間は料理を絶賛する。
「ありがとうございます。本日は天ぷらの盛り合わせでよろしいですか?」
「いつもので」
本間はにこっと笑って2つ注文し、さっと個室へ入った。
続いて真紀も入る。
中はもちろん広くない。4人掛けのテーブルに2つの座椅子があるだけだった。
「今日の会議は年寄が多くて9時から11時って早いんだよ。だから、昼診に間に合わないこともないんだけど、まあいっかと思って。映画行きたかったし」
対面して座る本間はおしぼりで手を拭きながら笑った。
「休みの日だと子供がいて、落ち着いて映画行けないからね」
妙に心が冷たい気持ちになる。
「そう……ですね……」
真紀はおしぼりには手をつけず、ただその大きな手を見つめて、相槌を打った。
「僕、ずっと聞こうと思ってたんだけどさ」
本間は使ったおしぼりを丁寧に畳みながら聞く。
「吉住さん、結婚してるよね?」
今まで隠していたわけではない。もちろん結婚指輪も最初からしているのだが、子供の話や家族の話はしたことがなかった。それは、あえてしなかった、と自分では思ってはいない。ただ聞かれなかったから、言わなかっただけのこと。
「あ、はい……。子供もいます」
4人と言えば驚いて引かれる可能性があるので、聞かれるまでは言わないでおこうとすぐに心に決める。
「何歳?」
それは職業病なのかどうなのか、本間はすぐに聞いた。
「……4、3、2、0」
「えっ!?」
本間は驚いて目を丸くする。
「4人!? えっ、……なんかカウントしてるわけじゃないよね?」
何故か本間は辺りを見回した。
「4人……います」
一瞬の後悔を吹き飛ばすように、
「いやあ、綺麗に産んだね! 全然独身でも通るよ。まだ若いせいもあるかもしれないけど、まさか、4人もいるとは思えない」
まあ、この手の感想はよく言われるので慣れている。
「若い時に、産みましたから……」
そして返すコメントも決めている。
「そっかそっか、4人かぁ。え、旦那さんは?」