純潔の姫と真紅の騎士
「ねぇ、あんた。ちょっと待ちなよ」

アリウムは苛つく心を落ち着かせるかのように振り返った。

そこにはトールが怪訝そうな顔をして立っていた。

「どうしたのさ。リンドウ様の言うとおり、あんた最近、どこかおかしいよ?一度、医者に見てもらったほうがいいんじゃないのかい?」

どこも悪くない。

自分は、どこも悪くない。

おかしくない。

おかしいのは、いつだってあんたたちのほうだ。

アリウムはそう思いつつ、ため息をついた。

「すみません。最近、バタバタしていて、少し疲れているみたいです。今日は、昼食と夕食の仕事だけして後は自室で休むことにします」

「あ、あぁ。そうしな。とりあえず、昼食と夕食の時間になったら出ておいで」

「はい」

トールが心配そうに自分を気遣いながらも厨房へ戻って行く。

思わず、その背中に声をかけてしまった。

「あの!」

不思議そうな顔をしてトールが振り返る。

「何さ」

「あの……トールさんは……スイレン様のこと、どう思っていますか?」

トールは小さくどこか悲しそうに笑った。

「あんたとスイレン様にゃぁ、悪いけど……。あたしは黒水晶様の生贄がスイレン様で良かったと思ってる。あたしやリンドウ様だったら、黒水晶様の生贄になったらすぐに喰い殺されてたかもしれないからね。スイレン様だけだよ。黒水晶様とあぁいう風に付き合うことができるの。それに、正直、あたしがスイレン様だったら、耐えられないね。いくら産まれた時から闇の中にいたとしても、16にでもなれば、あの世界が他の世界とは違うことは理解しているよ。あたしには無理だ。光のない世界なんて。あそこは地獄だよ……。本当のさ」

アリウムは、どこか気が遠くなるのを感じた。

「……アリウム!?あんた、大丈夫かい!?」

その声も遠く聞こえた。

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