純潔の姫と真紅の騎士
「……と、まぁ、こんな感じだよ」

ふと、カイは自分の頬に触れた。

赤い血はついていなかった。

「あぁ……。血痕ならきちんとチェレンがお前を看病してる時に拭ってたぞ。ずっと高熱を出して寝込んでたお前を看病してたのはチェレンだ。あとで感謝しとけよ」

カイは無言でうなずくと、体を起こした。

「おいおい!まだ体は完治してねぇんだ!外傷はなくても、もろに黒い靄に喰われたんだ。もう少し休んでおけ」

「大丈夫だ。体は動く」

「大丈夫じゃねぇって!」

「俺のことはどうでもいいんだよ。それよりも、ここはダンドール大陸か?」

「あぁ。俺たちの部屋だ」

「そうか。ジャルーヌ様はいるのか?」

「あぁ。きちんといるよ」

「どうやって帰った?」

「どうやってって言われてもなぁ……。逃げてきたようなもんだし……」

「逃げてきた?」

「んぁ?ああ。逃げてきた。お前等が黒い靄から出てきた後に、なんとかしてカギを開けようとしたんだが、開かなかった。だから、上に上がったらよ……」

ハンスが苦笑を浮かべて天井を指さした。

「天井からトールさんが降ってきた」

「……は?」

カイは驚きで口を開けたまま、天井を見上げた。

「天井からトールさんが降ってきた」

二回目だ。

カイは少しイラッとしてハンスをガスッと蹴った。

「いってぇ!何だよ!」

「降ってきたってどういうことだ」

「いや、だから、バラバラになったトールさんが大量の血と一緒に天井から降ってきたんだよ!」

その現場を見ていた者は何人もいて、腐臭と醜いトールさんの姿をみて人々は洗面所に駆け込んだという。

その騒動のどさくさに紛れてここまで戻ってきたらしい。

「さすがの俺もアレはちょっとクるものがあったね」

カイは一つため息をついてハンスを横目に見た。

「それにしても、なぜ、アレはそんなことを?」

ハンスはニヤッと笑って軽快に椅子の背もたれの上に飛び乗った。

「知~らねっ♪だって俺、ダーク様じゃねぇし。でも、まぁ、あえて言うなら……見せしめなんじゃねぇの?」

「見せしめ?」

「そ。見せしめ。俺の大切な可愛いスイレンちゃんに手を出したらこうなるぞっていうダーク様なりの見せしめ」

「そうか。……さっきから気になってたんだが、そのダーク様って誰だ?もしかして、黒い靄のことか?」

「んぁ?あぁ。スイレンちゃんが黒い靄のことをそう呼んでた」

「……あの黒い靄って人なのか?」

「ぶっふ!!んなわけねぇじゃん!カイ!」

「だよな……。だとしたら、あの黒い靄はしゃべるのか?」

「……確かに、声は聞いた」

「……俺も夢の中で聞いた」

「「スイレンを呼んでいた」」
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