黒の森と、赤の……。/ ■恋愛シミュレーションゲーム□
◆恐怖はもう限界に近かったし、このあとどうなるかもわからないけど、自分のプライドを守るためだけに、当初の予定を果たそうと思った。


…当初の予定。

それは言うまでもなく、良雄たちに一言抗議することだ。


…いや、わかってる。

こんな『危険』とか『暴力』、又は『混沌』という言葉を具現化させたような奴らにそんなことするなんて、正気の沙汰じゃないって、自分でもわかってる。

だいたい、抗議するしない以前に、恐怖で口の周りの筋肉が固まってしまっている。


でも……でも、それでも。

今一番大切なことは、自分の信念とプライドを貫き通すことだった。


俺は、その場に蔓延する張り詰めた空気を引きちぎる覚悟で、全力で唇を動かす。


「…ぁ、あの…!」

「あ゙…?」


良雄が即座に反応する。

不本意ながら、その単語にもならない一文字に、心臓が跳ねた。

慌てて目を逸らしそうになったが、なんとかそれだけはこらえる。


視界内には、シートにふんぞり返り、見下すような態度で怪訝そうに俺を睨む、良雄の姿が映っている…。


緊張が全身を駆け抜け、背中に冷や汗がつたったような気がした。

しかしそれでも、先刻使った勇気のさらに倍くらいの勇気を使い、俺はもう一度口を開く。


「…あのっ、す、少しだけ……声を、小さくしてもらえませんか…?」


……言った。

…言ってしまった。


瞬間、良雄の左のまぶたの辺りが引きつるのが、はっきりとわかった。

慌てた俺は、思わず余計なことまで口走ってしまう。


「そ、そのっ…!
りゅ、竜崎…くん、たちの話しの内容が、ほんの少しだけ…そ、そのっ、物騒……だったから…」


「……。」


…今度は良雄の顔は、ピクリとも動かなかった。

隣りの翔太も、同様に、能面のような表情で俺を睨んでいる…。


……今の一言は、間違いなく……言わなくてもいい……というより、言わないほうがいい一言だった……

……らしい……。
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