魅惑のくちびる

「大丈夫だよ。雅城、最近仕事忙しいでしょう? だから接点減って……話題に出るほど時間を過ごしてないのかも。」


仕事が忙しいのは嘘じゃないのが救いだった。

それは、同じ課の由真ならよく知っていること。

「そっか。ならいいけど。だったら、そんな噂……余計に耳に入れたくないところだよね。」

大して気にも留めないまま話が流れてくれて、心底ほっとした。

由真のことだからもしかしたらわかってて気づかないふりをしてくれたのかもしれないけど。


「そう言えばさ。松原さんの熱烈なファンの女の子の話、知ってる?」

由真は、焼き鳥に手を伸ばした。

由真の好物は砂ずりとつくね。歯ごたえが相反するこの二つだけど、どっちも欠かせないのだと言う。

「知らないよ。聞いたことないし。」

「あたしも、誰なのかは知らないけど。他の課の子らしいけどさ。」

おもしろみのない噂って、なかなか大きくは流れないものだ。

誰々が、誰々を好き、程度は、せいぜいその課内でひっそりと噂になるくらいで立ち消えてしまう。

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