魅惑のくちびる
14:ぬくもり
重苦しい空気が漂う。
松原さんはきっと、わたしの状況がかなり深刻なことを察知している。
だからこそ、難しい顔をして色々と考えているように見えた。
「とりあえず、オレん家でいいかな。
急いでこんな格好で出てきちゃったし、そんな泣きはらした目じゃ、人目につかないところの方がゆっくり話もできるだろうし。」
沈黙を破ったのは、それから2つほど信号をやり過ごした頃だった。
いつもよりしっとりと低い声で、それはわたしを労ってくれてるように感じた。
「ありがとうございます……すみません、こんな夜遅くにお呼び立てしてしまって。」
わたしの涙が幾分収まってきたのがわかったのか、松原さんはちらっと目線をこちらに投げると、口角を少しだけ持ち上げた。
「少し、落ち着いたみたいだね。良かった。
……こんな時に不謹慎だけど、泣いた顔もまたかわいいや。
抱きしめて、守ってやりたくなっちゃうよ。」
好きだと言ってくれている人に、泣き顔を見せるのは卑怯だ。
わかっていても、優しくくるんでくれる松原さんに会いたいと願う気持ちは止まらなかった。
唇をきゅっとかみしめ、俯いたまま、頭の中でいろいろな気持ちが入り交じっていた。