魅惑のくちびる

松原さんのマンションは、駅から会社の最寄り駅からほど近い、線路沿いにあった。

15階建ての茶色い外壁は、まだそんなに時の経過を感じさせるものではない。

周りにもいくつかマンションは建っていたけれど、ここが一番素敵な外観だ。


「会社まで近いからここを選んだようなモンだよ。

ゆっくり歩いて約10分ほど。なんとか雨の日も、休もうと思わず会社へ行ける距離で助かってる。」


駐車場に一度で車を止めてエンジンを切ると、車の中はしーんと静まりかえった。

運転席からの目線は、じっとこちらを見つめているのが解る。

沈黙は、イヤでも水族館の帰りのあのキスを思い出させた。

頭の中に映像が浮かぶと急に恥ずかしくなってとっさにうつむく。

きっと、わたしがキスされるって思ったことに気付いたであろう松原さんは、おどけたように声をあげた。

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